第31話
「魔術ドラッグは非常に高価なものだ。だからおいそれと渡すわけにはいかない」
コンクリートの堰堤で姿は見えないが、声ははっきりと聞こえる。魔術が使えないのは双方ともに同じこと。ならばおそらく拡声器か何かを使って声を大きくしているのだろう。
「くれない、ということか」
「いや、ただではない、ということだ」
ヒョコと顔が出てくる。コンクリートをよじ登って、上がってきたらしい。そして、全身を見せ、スーツ姿の男性だということがようやくわかった。
「組長は、魔術ドラッグを買いに来る連中を数多く見てきたお方だ。いろんな話を聞いてきたことだろう。多くは自分用じゃないという言い訳をして買っていった。だが、その誰もが最終的にはその魅力に取り込まれていった。貴様らがそうじゃないということを信じることはできない」
「さんざん待たされた挙句に、結局買えなかったで、はいそうですか、て引き下がるわけにはいかんな」
緒方はそれだけ言い放って、護身用として身に着けていた銃を取り出す。だが、男性は一切動じる気配はない。
「……撃ちたかったら撃てばいい。だが、生きてここから出ることはできんぞ」
「知らんな。そんなこと。俺らはソレをもらいに来た。もしもくれないというのであれば、製造者にでも聞くしかないな」
「あるいは組長にか」
製造者という緒方の言葉に続いて、放出が静かに付け加える。それらを聞いたうえで、なお彼は動こうとしない。交渉の余地はない、と緒方は判断した。
「ならば力づくだな」
この言葉には力が込められている。魔力というわけではない。確固たる決意と、それを貫き通すという意志だ。対面する男は相変わらずコンクリートの堰堤の上に立っているが、ふと右手を挙げる。ガチャガチャとやかましく周りが騒ぎ始める。交渉は決裂した。誰もが理解し、そして敵を攻撃し始めた。




