第141話
エレベーターに乗る直前、緒方が御札をエレベーターのボタンのすぐ下に張り付けた。
「何を貼ったんですか」
放出が緒方へと尋ねる。
「まあ、いわば保険だな」
内容は答えずに、緒方が放出へと伝えた。
それからエレベーターに乗り込み、病棟へ進むにつれ、何か重圧のようなものを緒方は感じていた。
「……どうやら保険はいらなかったようだな。いくぞ」
チンッと電子音が鳴ると、目標の階に到達したことを知らせてくれた。
そこは母親がいるはずの病棟のフロアである。
だが、到達すると、目の前を人工呼吸器をカートにのせて、急いで押している人がいた。
看護詰め所に2人が向かい、何が起きたのかということと身分証を見せると、近くにいた看護師が教えてくれた。
「北山さんが危篤に陥ったんです。今職員総出で動き回っているところなんですが……」
「どうかしたんですか」
緒方がその看護師に尋ねる。
「実は、担当医が来なくて。ピッチで何度も連絡を入れているんですが……」
ピッチは院内だけで使うことができる携帯電話のことだ。
病院の職員は、全員ではないにしろ、普段から持ち歩くようにしている。
こういう緊急の時に連絡が就くようにするためだ。
「担当医はどなたなのですか」
「岸本先生です。今は根岸先生が診てくれていますが……」
すこし言い淀んでいるのは、何かあるはずだ。
「どうかしたんですか」
再び問う。
「普段なら岸本先生は何か患者さんにあったらすぐに飛んできてくださるのです。今回来てくださらないのは、岸本先生自身に何かあったんじゃないかって思って」
「医局にいるんでしょうか。それとも何か別室に?」
「最後に見た時には約束があるといって地下駐車場の方に降りていくところだったんですけど、ピッチは地下駐車場であっても必ずつながるようになっているので、はっきりとかかってきていることは認識していらっしゃるはずです」
「やはり保険は掛けるべきだな」
ありがとうございますと言って緒方は看護師から離れる。
そして放出に伝えた。
「これから俺は地下駐車場へと戻る。放出はこのままこのフロアにいて、母親のところで待機。何かあれば電話をくれ」
「了解しました」
緒方は口の中で何かモゴモゴと呪文のような文言を唱えると、その場に風だけ残して消えた。




