第11話
「全員、負犬地区と通称される場所については知っているだろうが、共通認識とするために一応説明をしておこう」
所長が手野市の全域が載っている地図を、所長室の会議机として使っている、6メートルほどの長机の上に置く。特にみてほしいところを中心に据えていた。そこが、手野市桜町、通称が負犬地区だ。広さにして約6万5000平方メートル。東京ドーム約1.4個分、あるいは阪神甲子園球場で約1.7個分程度の広さがある土地に、おおよそ3万人前後が住んでいるとされる。国内最大のスラムとも称されるこの区画は、日本政府からの一切の干渉を受けない、受け付けない土地となっている。集まるのは貧民のみならず、犯罪者、流れ者、余所者、さらには国外から国内へと流れつき終われている身の者など、さまざまな人がいる。これらの者たちを集め、そして外に出さないようにするため、大阪警視庁は壁と呼ばれるものを作り、この区画をすっぽりと覆ってしまった。公式には出入りする道はただ1カ所のゲートだけで、1日に1回のみ開く。このゲートを通るのは10名にも満たない手野武装警備の専門チームのみで、他のものはいかなる者からの命令であっても通ることが許されない。もちろん、緒方ら警吏官、根来のような警察官も通ることは許可されない。そこで、部外者が入る際には裏ルートを通ることになる。
「……この裏ルートは今まで6本見つけている。この6本とも、ふさごうとしてもふさげないもので黙認していることが常態化している。君らはこのうちの1本、最も安全だがもっとも高価なルートを通って中に入れてもらう」
「もしかして、紹介屋ですか」
「もしかしなくても、それ以上の安全なルートがあるかね」
所長も平然と緒方へと質問を返す。緒方はそれを聞いて、一瞬天を仰いだ。どうやらできれば会いたくないというのはその紹介屋のことらしい。
「なんですか、その紹介屋という方は」
知らないのは根来と放出のようだ。その説明について、所長は緒方へと投げた。
「……紹介屋。アンダーグラウンドの紹介屋もしくは仲介屋と呼ばれる人物で、見た目は20代前半の男性。本名不詳、本業不詳、いつもニコニコ少し優美な笑顔をしているが、その腹の中は何を考えている全く読めない。島や中洲と呼ばれる、負犬地区と他の地域をつないでいるところに住んでいる。島に住んでいるのはゲートのための人員のほかには数人の農家と、1つのコンビニ、それとこの紹介屋だけだ。分かっているのは、負犬地区の中にいる人らのみならず、全国いや全世界に広がっているネットワークによって、さまざまな人をつなげることができる。もっとも、金も相当いるがね」
「そんな人と、いつ知り合いになったんですか」
根来が緒方に聞いた。
「ま、いろいろあってな。彼とは今は情報屋と警吏官というつながりだ。それ以上でもそれ以下でもない」
そういうことにしておいてくれ。緒方の目はそう訴えていた。




