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第5話 引っ越し

お待たせしました。

 

 昼過ぎ、冬真は引っ越しの準備を終えた。今日から住み込みのバイトが始まる。これから春日が手配した引っ越し業者が来て荷物を運び出す予定だ。と言っても、荷物は少ない。洋服や教科書類、ちょっとした本やゲームくらいだ。家具などは全て春日と胡蝶の家に準備しているらしい。

 冬真はもう一度自分の部屋を見渡す。もう段ボールに入れ忘れた物はないはずだ。忘れたとしても、また取りにくればいい。

 冬真が暮らしているのは普通の3LDKの平屋だ。母は他界し父は仕事で世界中を飛び回っている。家に帰るのはほとんどない。兄弟もいないため、冬真は一人で暮らしていた。住み込みのバイトをすることは父にも許可を取っている。何も問題はない。

 最後にもう一度自分の部屋を見渡した時、ピンポーンとインターホンが鳴る音がした。

 玄関を開けると白いスーツを着ている春日の姿があった。ダンディな印象の春日にとても似合っている。彼の後ろには黒服を着て、黒いサングラスをかけた屈強な男たちが勢ぞろいしている。


「やあ冬真君。準備はできてるかい?」

「はい」

「それは良かった。では、さっそく頼むよ」


 後ろに控えていた黒服の男たちに命令して、冬真の指示のもと、次々と段ボールを運び出していく。男たちの盛り上がった筋肉が黒服の上からはっきりとわかる。それを従えている春日は裏社会のボスのように見えてくる。そう言えば、冬真は春日の職業を聞いたことがなかった。


「ボス。終わりました」

「ご苦労。さあ冬真君。わが家へと案内しようじゃないか」


 肩を抱き笑顔で連れ出そうとする春日に、冬真は今更ながら不安を覚える。もしかしたら、危ない仕事を受けてしまったのではないかと。

 不安そうな顔をしているのに気付いた黒服の一人がサングラスをあげてにっこりと微笑んでくる。サングラスの奥にはパッチリした可愛らしい瞳があった。


「坊ちゃん。不安そうですが大丈夫ですよ。ボスはこういうちょっとした悪戯が大好きなんです。俺たちはちゃんとした会社員ですので。上からの命令に逆らえないのが下の悲しいところです」


 黒服の男が悲しそうなふりをする。春日が冬真にウィンクして、黒服の男性に反論する。


「確かに私は悪戯が大好きだけど、黒服やサングラスを言い出したり、仲間を集めたのは君だろ? 私は反社会勢力みたいな厳つい人物を集めようとしてたのに」

「ボス、流石に坊ちゃんのご近所さんに配慮しなくては。ボディーガードみたいな黒服黒サングラスが限界ですよ。あっ、俺たちは筋トレサークルのメンバーです」


 黒服の男たちが白い歯を輝かせ、一斉に自分たちの筋肉をアピールしてくる。それだけで、周りの温度が上昇した気がする。冬真の頬が少し引き吊る。


「坊ちゃんも一緒にどうですかい? 一緒に汗を流しませんか?」

「………今は、遠慮しときます」

「ハハハッ! そうですか。もし筋トレをしたくなったら連絡してください。効率の良い筋トレのメニューを教えましょう。ってボス! 何を悩んでいるんですか?」

「う~ん。やっぱり反社会的勢力のほうが面白かった気がするが、まぁいい。今度別の機会にするとしよう」


 春日が最後にもう一度冬真に忘れ物がないか確認する。冬真は大丈夫だと告げた。


「では冬真君、行こうか」


 家の鍵を閉めた冬真は春日と黒服の男たちに誘われ、家の前に停めてあった黒塗りの高級車に乗り込む。座席はふわふわで座り心地がいい。このまま眠ってしまいそうだ。

 高級車が走り出す。一緒に乗り込んだ春日が話しかけてきた。


「冬真君。この仕事を受けてくれてありがとう。娘たちは本当に我儘になっちゃってね。何かあったら遠慮なく言ってくれ。今まで雇った人は何も言わずに抱え込んじゃったみたいで」


 はぁ、と春日が疲れたため息と吐いた。娘たちのことで苦労しているらしい。親になるって大変なんだ、と冬真は思う。


「出来る限り頑張りますよ」

「無理はしなくていいからね。君が倒れたら和水の皆からお説教されるから」


 春日が喫茶店和水の床に正座して常連客からお説教されている姿が簡単に想像できて、冬真はクスリと笑ってしまう。


「娘さんはどんな子なんですか?」

「そうだねぇ。一番に言えることは”可愛い”ってことかな。妻に似て物凄く可愛いんだ。もう目に入れても痛くないくらい可愛いね」


 さっきまでの疲れた顔はどこへ行ったのか、デレデレと相好を崩す春日。これ以上の幸せはあるのかというくらい幸せそうな顔だ。親バカのように見える。


「冬真君もいずれわかるだろうけど、子供はいいよ。とても可愛い。でも、子育ては大変だねぇ。お年頃になると、あれは嫌これは嫌。あれ買ってこれ買って。好き嫌いは激しいし、遅くまで遊んでるし。仕事でなかなか構ってあげられなかったのが悪いのかな?」

「これからまだまだ時間はありますよ」

「そうだね。時間を頑張って作るしかないか。そうだ! 冬真君、娘たちの写真を撮ったり、日常の様子をレポートに纏めてくれたら特別報酬を出す。どうだろうか?」

「報酬はいりませんよ!」


 アルバイト代は一カ月三十万円である。これで働きが良ければ追加報酬も出るらしい。それに特別報酬が出たら貰いすぎだ。ただでさえアルバイト代が高すぎるのに、これ以上貰ったら冬真が困る。

 しかし、春日は真面目な仕事の顔をしている。


「働いたらしっかりと報酬を出す。これの何が悪いんだい?」

「貰いすぎなんです! アルバイト代だけで充分ですから!」

「ふむ。まぁ、他の仕事で忙しいだろう。時間があるときで構わない。写真やレポートを送ってくれたら、また相談しよう」


 冬真は渋々と春日の提案を受け入れる。現実逃避気味に窓から外の景色を眺める。いつの間にか景色は変わっていた。住宅街ではあるが、一つ一つの家が大きく敷地も広い。綺麗に手入れされた芝も見える。ここは冬真の家から二十分ほどの場所にある超高級住宅街だ。会社の社長や有名人が住んでいると聞いている。その住宅街を冬真たちを乗せた高級車が走っていく。


「春日さんはこのあたりに住んでいるんですか?」

「そうだよ」

「意外と近いですね」

「このあたりはセキュリティが高いからね。用がない人はほとんど近寄らないし、ご近所ネットワークもあるんだよ。知ってるかい? 人の噂って結構役に立つんだ。最大の防犯対策はご近所付き合いさ」


 春日が冬真にかっこよくウィンクする。渋いイケメン男性である春日にその仕草はよく似合っていた。

 車がスピードを落とした。春日の家に着いたのだ。門がゆっくりと開き、その中に車が進んでいく。

 車が玄関に停まり、春日と冬真が車から降りた。

 目の前には大きな屋敷。洋風の建物だ。周りを見渡すと色とりどりの草花が綺麗に整えられている。後ろを振り返ると、今車で通った道が見えた。100メートルほど先に門が見える。敷地も広く、この高級住宅街でも一番の大きさではないだろうか。

 ポカーンと口を開いている冬真の背中を叩いて春日が玄関の扉を促す。


「さあ、今日から君が暮らす家さ」


 分厚い玄関の扉をくぐると侍女や執事といった人たちが出迎えて挨拶してきた。


「「「おかえりなさいませ!」」」

「ああ、ただいま。こちらが今日から住み込みでバイトをしてくれる伊勢冬真君だ。また後で紹介するよ。さあ、冬真君。上がって上がって!」


 驚きと緊張で動きがぎこちない冬真は促されるままに家にあがる。スリッパに履き替え、春日の後をついてく。至る所に調度品や花が飾られている。明らかに高そうだ。それに、見た目も大きかったが屋敷の中も広い。冬真は周りをきょろきょろする。


「あの…春日さんは一体何のお仕事をされているんですか?」


 冬真がおずおずと春日に問いかけた。彼はキョトンとしている。


「あれ? 言ったことなかったっけ? 私はこういうものだよ」


 春日がスーツの内ポケットから名刺入れを取り出し、冬真に名刺を渡した。


「サクラコーポレーション社長…ってサクラコーポレーション!? 日本でもトップ5に入るくらいの大企業じゃないですか!? その社長!?」

「そうだよ。私は三代目社長。妻は女性部門のトップさ」


 サクラコーポレーションは日本の中でもトップ5に入る大企業だ。取り扱うのは衣料品から化粧品、靴やアクセサリーなど様々だ。主に男性ものと女性ものに分かれる。特に女性をターゲットとした商品の市場占有率(シェア)は日本トップだ。春日の妻、胡蝶が女性部門のトップということは、彼女はサクラコーポレーションの中でも五本の指に入るほどの地位の人物だ。

 春日がサクラコーポレーションの社長ということを知り、この屋敷の大きさに納得した。

 冬真は名刺をもう一度確認してあることに気づく。


「ん? ハルヒ? 春日さんの名前は”カスガ”じゃなくて”ハルヒ”なんですか?」

「そうだよ。私の名前はカスガと書いてハルヒなんだ。小学校の頃からカスガと呼ばれていたからね。大抵仲のいい人はカスガって呼ぶよ。冬真君も今のままでいいからね」

「わかりましたけど…春日さんの苗字が桜ノ宮って……」

「何かおかしいかい?」

「いえ。なんか急に嫌な予感がしてきまして」


 冬真が何とも言えない予感を感じていた時、女の子の大声が聞こえてきた。家中に響き渡るくらいの大きな声だ。冬真はなぜか聞き覚えがある気がする。

 春日が申し訳なさそうな声で冬真に説明する。


「娘の声だね。妻があの子たちに説明しているだろうけど、また我儘を言っているみたいだ。ほら、あの扉の先だよ」


 春日が指さした先には大きな扉がある。その扉が少し開いていて、そこから声が漏れているようだ。近づくにつれて中の女の子の声がはっきりと聞こえだす。


「私たちのお世話係なんかいらないもん! ユウちゃんとツキちゃんもそう思うよね? いらない、いらない、いらない!」

「”あーちゃん”落ち着いて。もうお母さんたちお願いしちゃったから」

「絶対イヤ!」


 女の子と胡蝶の声が聞こえた。やはり冬真には女の子の声に聞き覚えがある。しかし、人物が結びつかない。あの人物がこんな声を出して駄々をこねているわけがない。

 冬真が頭を悩ませていると、春日がドアノブに手をかけてゆっくりと扉を開ける。


「さあ紹介するよ。私と妻の可愛い娘たちだ」


 扉の先には広いリビングが広がっていた。

 中にいたのは四人。一人は冬真も知り合いの胡蝶だ。立って娘たちをなだめている。

 そして、ソファに座っていたのは三人の少女。

 一番右に座っている少女は、メガネをかけたショートカットの少女だ。メガネの奥には長い睫毛に二重の大きな瞳。肌は白く可愛い顔立ちだ。真面目な雰囲気を感じる。真ん中にいる少女に首に手をまわされ頬ずりされている。メガネが少しずれ、迷惑そうに漫画を読んでいる。

 一番左に座っている少女は、睫毛は長く、二重でパッチリとした大きな瞳。小さな鼻にぷっくらとしたピンク色の唇。肌は真っ白くきめ細かい。セミロングの黒髪の少女だ。スカートから覗く白い膝に絆創膏が貼ってある。彼女も真ん中にいる少女に首に手をまわされ頬ずりをされている。

 真ん中に座っている少女は、胸は大きくスタイル抜群。パッチリ二重に大きな瞳。長い睫毛。長い黒髪をおろしている。大人っぽい色気がある少女だ。駄々をこねていた少女は彼女らしい。左右にいる少女の首に手をまわし、同時に頬ずりしている。

 三人の少女は入ってきた冬真を見て固まった。胡蝶も気づいて冬真に手を振ってくる。


「冬真君、いらっしゃい。今日からこの子たちをよろしくね。我が儘だけど」


 母である胡蝶の言葉を聞いて三人の娘たちの硬直が解ける。そして、同時に声を発した。


「あれ? 覗き魔の後輩くん?」

「オタクの冬真さんですか?」

「えぇっ! ヘタレの先輩!?」


 そして、三人で顔を見合わせる。それぞれの発した言葉はどういうことなのか、という表情だ。

 冬真は、これから巻き起こる波乱や騒動を予感して、思わず頭を抱えた。



お読みいただきありがとうございました。


次の話が出来上がるまでしばらくお待ちください。

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