第3話 二人目との出会い
二人目のヒロインの登場です。
四月。新学期の教室は賑やかだった。仲のいい友達、全く知らない人。新たな出会いで満ち溢れ、教室では喋り声が絶えない。冬真は席に座って教室の様子をぼんやりと眺めていた。
バイトの時とは変わって、ぼさぼさの髪にメガネ。前髪で目を軽く覆い隠している。知り合いも何人か見かけるが、彼に話しかけることはない。彼自身が、気配を消しているせいかもしれない。
教室に入ってきた人物が消している気配を見破って、冬真に話しかけてきた。
「おーっす冬真! 今年もよろしくな!」
「龍か。よろしく」
冬真の前の席に座ったのは愛上龍也。冬真とは幼稚園からの腐れ縁だ。スポーツ万能で爽やかなイケメンの彼は女子から人気が高い。クラスの女子がチラチラと熱い視線をよせている。女子からの視線を気にせず、龍也は冬真に話しかける。
「春休みどうだった? バイト三昧か?」
「まぁね。毎日充実してたよ。龍も何回か来てくれたな」
「あそこは美味しいからな。冬真はバイトの時みたいにしないのか?」
龍也が冬真の肩に腕をまわす。とても仲の良い二人の様子を見ていた女子たちから悲鳴が上がる。なぜか寒気がする悲鳴だ。腐った気配を感じるのは気のせいだろうか。
「めんどくさいからしない」
「あ~あ、もったいない。イケメンなのに」
「普通だ普通。それにお前に言われたくない」
「ちゃんとすれば女の子からモテるのに。まぁ、俺ほどモテないだろうがな!」
モテるのに彼女を作らない龍也がニヤリとする。憎めない笑みだ。悪戯っぽく少年のような明るい笑みを浮かべている。
「もっと女を見ようぜ。例えば、彼女とかどうよ」
龍也の視線の先には一人の少女が席に座り、本を読んでいた。メガネをかけたショートカットの少女だ。メガネの奥には長い睫毛に二重の大きな瞳。肌は白く可愛い顔立ちだ。真面目な雰囲気を感じる。どこか見覚えのある美少女だ。
「誰だ?」
「お前夕光ちゃんを知らないのか! この高校で有名な桜ノ宮姉妹の妹だぞ!」
「知らん」
「はぁ。これだからお前は。いいだろう。教えてやる」
呆れた目で冬真を見る。本人には聞こえないように声を潜めながら龍也は説明を始めた。
「まず、一つ上の先輩の桜ノ宮朝光。黒髪ロングで胸も大きくスタイル抜群。文武両道でクールな先輩だ。可愛いというより綺麗な先輩だな。告白も未だに絶えないが付き合っている人はいないらしい。この高校の謎の一つだ。で、あの子が妹の桜ノ宮夕光。勉強は得意だけどスポーツは苦手らしい。真面目で大人しい女の子だな。夕光ちゃんも恋人はいない。男共は桜ノ宮姉妹を狙ってるぞ。ほら見ろ、クラスの男子の視線を!」
周りを見渡すとチラチラと視線をよせている男子やじっくり、うっとり眺めている男子もいる。ほとんどの男子が夕光を見つめている。彼女も気づいているだろうが無視して読書を続けている。
「龍も狙っているのか?」
「残念ながら俺の好みじゃない。夕光ちゃんは胸が小さいから」
冬真の耳元に口をよせ、コソコソと囁いた。確かに制服の上から見える彼女の胸は小さい。ふと、夕光が本から顔を上げ、冬真と龍也のほうを見た。二人は一斉に視線を逸らす。夕光が本に視線を戻したのを確認して、冬真と龍也が再びコソコソと話し始める。
「それで、ここだけの情報なんだが、二人の妹が明日入学してくるらしい」
「へぇ。三人姉妹なんだ」
ふと、冬真は数日前に出会った少女のことを思い出す。バイト帰りに出会った美少女。確か、彼女も苗字が桜ノ宮ではなかっただろうか。
「噂によると姉二人とは違った雰囲気の美少女らしいぞ。確か名前は」
「つきひ。桜ノ宮月光」
「知ってるのか!」
龍也が、女っ気のない冬真の口から女の名前が出てくるとは何事だ、と驚いて追及してくる。
「知らん。ただ、姉二人の名前から予想しただけだ」
冬真は平然と嘘をつく。数日前に彼女と出会って、夜桜を一緒に見たとは口が裂けても言えない。言ったら物凄く面倒なことになる。
「ちっ! つまらん」
心底残念そうに舌打ちをしてくる。そして、冬真に女性の良さについて説いてくる。
冬真は時間が来るまで龍也の説明を適当に相槌を打ちながら、右から左に聞き流していた。
▼▼▼
長ったらしい学年の始まりの式が終わり、生徒たちは教室に戻ってきていた。担任教師が新学期の説明やプリントを配布し、詳しい自己紹介を始める。教師の自己紹介の後は生徒の自己紹介だ。出席番号順に紹介が進んでいく。最初は龍也だ。
「出席番号一番! 愛上龍也です。サッカー部に所属しています。彼女募集中です。よろしくお願いします!」
女子からの大きな拍手と熱い視線が注がれる。男子からは嫉妬の嵐だ。龍也は慣れたもので、軽く受け流している。
龍也の次は冬真の自己紹介だ。椅子から立ち上がると素っ気ない態度で自己紹介を始める。
「伊勢冬真です。帰宅部でアニメが好きです。よろしくお願いします」
まばらな拍手が響く。オタクかよ、と囁いているクラスメイトの声が聞こえてくる。クスクス笑いや蔑んだ視線などすべて無視する。目の前の龍也が怒りで震えているが、気にするな、と彼をなだめる。
順調に自己紹介が進んでいく。
ついに桜ノ宮夕光の番になった。クラス中が注目する。スッと静かに立ち上がるとピンク色の唇が開き、澄んだ綺麗な声がクラスメイトの耳に届く。
「桜ノ宮夕光です。帰宅部で読書が好きです。一年間よろしくお願いします」
一礼して座る夕光に向けて大きな拍手が轟く。男子からの歓声がすごい。熱狂的なアイドルのファンのようだ。今にもスタンディングオベーションをしそうだ。夕光は一切の反応を示さなかった。
次々に自己紹介は進み、その後は委員会決めだった。
学級委員など、思った以上に次々に決まっていく。
「次は図書委員だ。立候補する者はいるか?」
「はい」
担任教師の呼びかけに、冬真は手をあげて立候補した。クラスメイトから小さく失笑が漏れる。彼はすべて無視した。
冬真は一年生の時に図書委員であった。仕事内容も分かっている。図書の先生とも仲が良いため、二年生でも図書委員になりたいと思っていた。
他に立候補する生徒はおらず、あっさりと男子の図書委員に決定した。
「女子で図書委員になりたい人はいるか?」
問いかけるが誰も反応しない。ほとんどが、自分は関係ないとそっぽを向いている。担任教師が何度も呼びかけるが立候補する者はいない。
しばらく時間が経ち、じゃんけんかくじ引きで決めようと担任が口を開く前に、スッと手をあげる人物がいた。
「私がします」
生真面目な声が静かな教室に響き渡った。声の主は桜ノ宮夕光。立候補するのは恥ずかしかったのだろう、彼女の頬が少し赤く染まっている。彼女以外に手をあげる女子はいない。
「女子の図書委員は桜ノ宮で決定だな」
「先生! やっぱり俺も立候補していいですか!」
男子の一人が立ち上がって問いかける。それをきっかけに、決まっていない男子が次々に立ち上がる。俺も俺も、と騒ぎだす。
「静かにしろ。男子の図書委員は伊勢に決定している。今さら立候補しても遅い。諦めろ」
担任教師が騒ぐ男子を諫める。男子たちは何か言いたげな顔で渋々と着席してく。キッと冬真を睨みつけるが、冬真は騒いでいた男子たちを一切見ていない。その眼中にないという態度が男子たちの火に油を注いでいく。
その後は大きな騒ぎもなく順調にすべての委員会が決定した。決定すると同時にチャイムが鳴った。
この次の時間は、明日の入学式のための大掃除と準備である。冬真たちのクラスは掃除に割り振られている。
担任教師が教室を出て行く直前、思い出したかのように声をかけてくる。
「図書委員は伊勢と桜ノ宮だったな。お前たち二人は図書室掃除だからな。今から図書室へ向かえ」
そう言い残すと教師はクラスを出て行った。
クラスの男子から睨まれる。龍也がポンっと肩を叩き、頑張れよ、と声をかけてくる。
冬真は黙って教室へ出て行こうとすると、慌てて夕光が近づいてきた。
「ご一緒してもよろしいですか?」
突然の出来事に冬真は言葉が出てこない。男子からの殺意の視線がブスブスと突き刺さる。女性に慣れていない冬真は頷くだけが精一杯だった。
頷いた冬真を見て、夕光は嬉しそうに笑った。普段は生真面目な彼女の可愛らしい笑みに思わず見惚れる。
男子の嫉妬を浴びながら二人は図書室へと向かった。
図書室へ向かっていると、隣を歩く夕光に生徒たちの視線が寄せられる。夕光はことごとく無視する。
「あの…」
図書室まであと半分くらいの距離の時、夕光がおずおずと話しかけてきた。
「私は桜ノ宮夕光です。よろしくお願いします」
何かと思ったら自己紹介だった。
「俺は伊勢冬真です。去年も図書委員をしていました。よろしくお願いします」
冬真が一年生のとき図書委員だったのは予想外だったのだろう。メガネの奥の大きな目をパチリと瞬かせている。
「図書委員は何をすればいいのですか?」
「当番の日に図書室のカウンターでのんびりしておけばいいですよ。本を借りる人は滅多にいませんから。本を読んだり、勉強したり、図書の先生とおしゃべりしたり、お昼寝したり。結構自由です。後は掃除の時間は図書室を掃除します。それくらいですかね」
予想していたよりも自由で驚いたのだろう。再び大きな瞳をパチクリと瞬かせている。
「そんなに自由でいいんですか?」
「大丈夫ですよ。すぐにわかります。それに、図書室の掃除もほとんどすることがないんです」
「なぜですか?」
夕光がコテンと可愛らしく首をかしげている。
「生徒が授業中のときに、暇な図書の先生が掃除をしているんです」
「なるほど」
夕光は納得がいったようだ。そして、再びコテンと可愛らしく首をかしげている。
「なぜ伊勢さんは私に敬語を使っているのですか?」
「初対面の人には敬語を使うのが普通ですよね?」
「そうですが。タメ口でいいですよ」
「いや…」
「タメ口でいいですよ」
「でも…」
「タメ口でいいですよ」
「…わかった。桜ノ宮さん」
表情を変えず無限ループしてくる夕光は少し怖かった。彼女から圧力を感じた。冬真は降参してタメ口にしたが、夕光はムッとした表情をしている。
「最後の言葉が違います。夕光と呼んでください」
「えっ、でも…」
「夕光と呼んでください」
「夕光さんで勘弁してください!」
「ふむ。いいでしょう」
再び無限ループになりそうな予感がした冬真はあっさりと降参する。つい数日前に似たようなやり取りをした覚えがある。流石姉妹だ。
「夕光さんもタメ口でいいよ」
「私はこの喋り方が普通なので」
「じゃあ、俺のことは苗字じゃなくて名前で呼んでいいから」
「わかりました。冬真さんですね」
夕光は嬉しそうにしている。生真面目な雰囲気はあまり感じられない。感情豊かな可愛らしい少女だ。
チラチラと冬真を見ながら、恥ずかしそうにおずおずと問いかけてくる。
「あの…、れ、連絡先を、お、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
突然の問いかけに冬真の脳はフリーズする。
「い、委員会の連絡をするかもしれませんし」
「あ、あぁ。そうかもな」
この高校では授業中にスマホを使用しなければ、休み時間でも使用していいことになっている。
冬真はポケットからスマホを取り出す。夕光が密着するほど冬真に近づいてきた。本人は気づいていないらしい。彼女の花のような香りが鼻腔をくすぐる。甘くて落ち着く香りだ。
夕光もスマホを取り出し、お互いの連絡先とSNSを登録する。
「ありがとうございます。それで…」
「どうした?」
言いよどんだ夕光に冬真は続きを促す。恥ずかしそうに顔を赤くしている。
「委員会に関係なくても、その…ちょっとした相談とか、してもいいですか?」
夕光が上目遣いで冬真を見てくる。こんな風に美少女に頼み込まれると断ることは出来ない。
「それくらいならいつでもいいよ」
元から断るつもりもなかった冬真は彼女から目を逸らしながら言った。
「ありがとうございます!」
キラキラと目を輝かせながら嬉しそうに微笑む夕光に、冬真は思わず見惚れてしまう。
やはり妹の月光と笑い方が似ている。
そんなことを考えていると目的地の図書室に到着した。
お読みいただきありがとうございました。