第1話 新たなバイトは?
ノリと勢いで書き始めた作品です。
他の作品もいくつか書いているので不定期更新です。
よろしくお願いします!
最初は四話まで投稿します!
伊勢冬真は喫茶店和水でアルバイトをしていた。外見は少し古いが、内装は木材をふんだんに使った温かな雰囲気の喫茶店である。席はほとんど埋まっている。全て顔見知りの常連客だ。土曜日のお昼はみんな集まってお喋りするのがこの喫茶店では恒例のことだった。
「たまごサンドとコーヒー。ハムチーズサンドとカフェオレです」
「ありがとう冬真ちゃん。そうだ! お小遣いをあげるね。受け取ってちょうだい」
「皐月さん。先週もらいましたから。俺は大丈夫ですよ」
「いいからいいから! ほらほら遠慮しないで」
「そうだぞ。ばあさんの言う通りだ。若いうちは遠慮するな。冬真君は儂らの孫みたいなものなんだから」
「玄さんまでそういうこと言って」
老年の夫婦である玄と皐月は冬真のことをとても可愛がっている。孫に恵まれなかった彼らは、この喫茶店で働く冬真のことを本当の孫のように接している。よくお小遣いをくれるのだ。
渡す用意をしていたのだろう。冬真はポチ袋を押し付けられる。
「ほらほら。返品は受け付けないわ」
「うぅ。ありがとうございます。大事に使いますね」
「言ってくればまたあげるからね」
にこやかに笑う老夫婦に冬真は何度もお礼を言うと、厨房へと戻っていく。厨房では喫茶店の店主である天草和樹がコーヒーを淹れている。四十代の渋くてかっこいい男性だ。
「冬真君、そこに置いてあるケーキとタルトを春日さんと胡蝶さんに持って行ってくれるかい? それでオーダーは終わりだよ」
「わかりました」
チーズケーキとフルーツタルトのお皿を持って、注文主の二人へ運んでいく。春日と胡蝶は夫婦である。二人とも若々しく、二十代と言われても納得するほどの見た目だ。しかし、彼らは四十代で、仕事も忙しいらしい。土曜日のお昼に必ず時間を取って、夫婦二人の時間を過ごしている。
「お待たせしました。チーズケーキとフルーツタルトです」
「ありがとね、冬真君」
「これは気持ちだよ」
春日が手渡してきたのは五千円札。冬真にとっては大金だ。
「受け取れませんよ!」
「チップだよチップ」
「日本にチップの習慣はありません!」
「あら? チップなんて世界では常識よ」
「ここは日本です!」
二人の夫婦と冬真のやり取りを聞いていた和樹が厨房から出てきて助け船を出す。
「この店はチップオーケーだよ」
「和樹さん! 俺の味方じゃないんですか!?」
「和樹さんもそう言ってることだし、受け取ってくれ」
和樹の援護を受けた春日が冬真のポケットに五千円札をねじ込む。冬真は返そうとするが春日は受け取らない。周りの客からも、もらっておけ、と声がかかる。
「ありがとうございます」
お礼を言う冬真に、美味しそうにデザートを食べている春日は手をあげ、胡蝶はウィンクする。
仕事が終わった冬真はいつもの席に座ると和樹からコーヒーが差し出される。ブラックコーヒーの苦みが口に広がる。
常連客に全ての料理を運び終わった後、全員でお喋りするのが土曜日のお昼の恒例だ。
「お疲れ様」
「いつもコーヒーをありがとうございます」
「僕たちからのお礼だよ。冬真君にはいつも助かっているからね」
「そうだよ。気にしなくていいからね」
和樹と冬真の会話に入ってきたのは、和樹の嫁である水姫だ。和樹と同じ四十代のはずだが、二十代に見える。この喫茶店の女性たちの見た目と年齢は合わないことが多い。
「冬真君がいると、とても助かるわ~。毎日働いてほしいのに」
「水姫さん。冬真君はアルバイトだからね。彼も一応高校生だからね」
「わかってるわ」
水姫が手をひらひら振りながら笑っている。冬真がこの喫茶店でアルバイトするようになって何年もたつ。二人のお決まりのやり取りだ。
「和樹さん。一応ってどういう意味ですか?」
「そりゃ、ほとんど毎日ここで働いているからだろ。冬真、お前さんはちゃんと青春してるのか? 今度高校二年になるんだろ。春休みにバイトばっかりでちゃんと遊んでいるのか?」
常連客の新庄新が話に参加する。五十代のおじさんだ。
「う~ん。ここで働くのが俺の趣味ですし」
「冬真ちゃん。好きな人や彼女はいないの?」
「いませんね」
皐月の問いかけに冬真は即答する。好きな人ができたことはあったが告白をしたことはない。告白されたこともない。現在は好きな人もいない。
「冬真ちゃんはかっこいいからモテそうなのに」
「俺、学校では今みたいに髪型整えていませんからね。ぼさぼさで前髪で目元隠してメガネかけてますし」
「そんな! もったいない!」
皐月の反応に周りの客が全員同意する。冬真は顔立ちが整っており、髪型を整えるとイケメンと呼ばれるだろう。
「俺は騒がれるのが嫌いなんですよ」
注目されるのが嫌いな冬真は、学校では必死に影を薄くしている。
「高校二年生デビューしない?」
「しませんよ」
水姫の提案をバッサリと斬る。
「冬真、いつから学校始まるんだ?」
「明後日、月曜日からですよ。始業式があって、入学式の準備があります。火曜日が入学式ですね」
新の問いかけに冬真は少し日程を思い出して答えた。
「そうなの。冬真君が平日にバイトに来なくなるの。寂しくなっちゃうなぁ」
水姫の言葉に、平日にも来ている常連客は、うんうん、と頷いている。
「俺は休みの日にちゃんと来ますから」
「冬真、お前さんなんでバイトしてるんだ? 青春してるか?」
「青春はどうなんでしょうか。わかりませんね。バイトについては遊ぶお金がないからですね」
「家、貧しいのか?」
「いえいえ。小さいときに母を亡くしていますが、貧しくはないですよ。金銭感覚を学ばせるためにお小遣いはないんです。父曰く『汗水たらしてお小遣いを稼げ! お金の大切さと働くことの大変さを学べ!』だそうです」
「ふむ。いい父親、なのか? 賛否両論ありそうだな」
「俺は気にしてませんよ。働くの楽しいですし。本当は毎日働きたいんですけどね。でも、平日だと、学校終わったらここはもう閉店してますし。平日にできるバイトでも探そうかなぁと考えているところです」
考え込んでいる新に冬真は声をかける。バイトを探していることを聞いた春日が冬真に問いかける。
「冬真君、バイトを探しているのかい? もしよかったら紹介するけど」
「本当ですか!? どんなバイトですか?」
「う~んとね、ベビーシッター、かな? 冬真君は子供好きかい?」
「はい。可愛いですよね」
「料理と掃除はできる?」
胡蝶も話に参加してくる。
「できますよ」
「住み込みで働ける?」
「え、えぇ。大丈夫ですけど」
冬真の言葉に春日と胡蝶がガッツポーズをする。二人は手招きして冬真を呼び寄せる。促されるままにテーブルの席に座った。
「バイトの内容は、私たちの子供たちのお世話。主に料理を作ってくれればいい。出来るようなら部屋の掃除と勉強も教えてやってくれ」
「私たちには娘が三人いるんだけど、仕事が忙しくてね。なかなか面倒が見れないの。ただ、彼女たちは我儘な年齢になっちゃってね。お手伝いさんが一カ月ももたないのよ」
「私たちの家には空き部屋があるからそこに住んでくれ。休日は自由にしていいから。バイト代は月三十万でどうだろうか?」
「三十万!? 初任給より高いじゃないですか!?」
「そうかい? 住み込みで働いてくれるならこれくらい普通さ。それに、上手くできたらボーナスも出そう。どうだい?」
「どうだいって言われても…」
「生活費や引っ越しの費用、通学費などは私たちが全て払うわ。お願い冬真君!」
春日と胡蝶が頭を下げてくる。必死に頭を下げられると困る。大人に頭を下げられるという初めての経験に冬真はあたふたと慌てる。
「わかりました。引き受けますから、頭を上げてください!」
「そうかい!」
「ありがとうね冬真君!」
「早速内容を深めていこうじゃないか」
春日が持って来ていたビジネスバッグから紙を取り出す。懐から高級そうなボールペンも準備する。
「俺も参加させてくれ。こう見えて弁護士なんだ」
新が弁護士バッジを見せながら椅子を持ってテーブルに近づいてきた。
「私たちは冬真ちゃんの祖父母として参加しようかしら」
「そうだな。春日さんたちが変な契約をするとは思えないが、儂らは孫を守る義務があるからな」
冬真を本当の孫のように可愛がっている皐月と玄も話し合いに参加してくる。それをきっかけに、和樹や水姫、他の常連客も全員集まって、あーだこーだ言いながら口出しを始めた。
仲のいい家族のような風景だった。
お読みいただきありがとうございました!