異世界事情
僕はロットさんに魔王様と僕との会話の全容を教えてもらいました。
魔王様との会話も魔法陣に飲み込まれたことも、全部が全部悪い夢だったらよかったのに。僕はそう思わずにはいられませんでした。ですが僕はハンバーガーの味も覚えていますしドラゴン肉のぴくぴくとした感触も覚えています。
そんな現実逃避をしてしまうほどに僕は参ってしまっていました
「自分で蒔いた種だ、自分で何とかするってのが男ってーもんだろ。まあなんだ、はいっていえば良いって言った俺にも少しは責任がないわけじゃあない、と思わなくもない。少しなら手をかしてやるから入軍試験だと思ってがんばれ」
「気張れ、ツバサ」
そんな風にロットさんとトムさんは苦笑いしながら僕の事を二人して慰めてくれました。二人のやさしさが心にしみます。
ですが僕が参っている原因は魔王様が僕の料理で満足していただけなかった場合、魔の森に送り返されてしまうということともう一つあります、それは……
魔王様の名前聞くのを忘れていたことです。
いや考えてもみてくださいこれから僕の主になる(予定)人の名前知らないとか普通おかしいでしょ! これでも僕は社会人です、ある程度の常識は持っていると自負していたのに……
思い返してみるとロットさんの名前もトムさんの名前も自分から知ろうと思って知ったのではなく、隊員の皆さんの話の中から知ったものでした。これは社会人にあるまじき失態です。
僕が自ら犯した罪に嘆いているとロットさんが声をかけてきました。
「おい、もう後四十分しかないが行動しなくていいのか? お前がそうやって嘆いている間にも約束の時間は刻一刻近づいているぞ」
そうです、こうやって悩んでいるよりも行動あるのみです。まず僕は魔王様が何を好きで何を嫌いか知るために情報収集することに決めました。
そこで僕はそういうことに詳しそうなさっきまで魔王様の隣にいた髪の長いメガネのメイドさんに話しかけました。メガネのメイドさん、王道です。すごくイイと思います。
「メイドさんメイドさん、聞きたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「はい、何でございましょうか?」
「メイドさんは魔王様の嫌いなものとか好きなものが何か知っていませんか?」
僕がそう聞くとメイドさんは申し訳なさそうな声で教えてくれた。
「甘いものは基本的に好きだと思いますが……すみませんあまりお力になれなくて」
甘いものが好きなのか、それならお菓子でも作ってみようかな?
「いえ助かりました、すみませんがお名前を教えていただいてもよろしいですか?」
僕はさっきの反省を生かすためにメイドさんの名前を聞くことにした。いや、別に僕がメガネメイドが好きなことは関係ないですよ?
「申し遅れました、私の名前はリリーと申します。以後お見知りおきを」
「よろしくお願いしますリリーさん」
「それはそうとツバサ様、お時間の方はよろしいのですか?」
「あっ! リリーさんありがとうございました!」
「お気になさらず、ツバサ様が魔王様を満足させられることを願っております」
「はい!」
僕はリリーさんのもとを離れロットさんのもとまで戻ってきました。
「なんだ、もう情報収集はいいのか?」
そう言いながらロットさんは不思議そうな顔をしました。
「はい! 一応知りたいことも知れたので。ロットさん、僕のことを魔王城の食糧庫まで案内してくれませんか?」
「お前がもう情報収集はいいというなら連れて行ってやる、こっちだついてこい」
そういいロットさんは急ぐように歩き始めました。
僕は目当ての食材が食糧庫にあることを願い、食糧庫へと歩き出したロットさんの後ろをついていきます。少し歩いたところでロットさんが唐突に話しかけてきました。
「お前は今回何を作るつもりだ」
ロットさんはズボンの穴から出ているしっぽを振りながら僕に聞いてきました。
「魔王様は甘いものがお好きだそうなので焼き菓子にしようかと思っています」
「焼き菓子? それは水菓子のようなものか?」
「水菓子みたいな自然のものとは違い料理人が作るものですよ」
水菓子とは果物の事です。魔王様は僕の料理の腕を見たいのであって自然の甘さに頼るだけの水菓子は望んでないと思います。
「そうか、……それはおいしいのか?」
「僕の得意料理で勝負するつもりなので自信はありますよ」
「そうかっ! それはよかった!」
ロットさんはちぎれんばかりにしっぽを振り、とても興奮した様子でした。ロットさん……、最初は僕の事殺そうとしていましたけど、僕の身を案じてこんなに喜んでくれるなんて……なんていい人なのでしょう!
僕の中のロットさんの株がうなぎ上りしたところで食糧庫の前につきました。そこで僕は、門の近くに置かれている沢山の大きな袋に目が行きました。
「ロットさん、この沢山の大きな袋の中には何が入っているんですか?」
「小麦粉だ」
「小麦粉? こんな大量に何に使うのですか?」
「パンの材料になるからな、必然的に量も多くなるんだよ」
「少しいただいてもいいのでしょうか?」
「魔王様の命令で動いているんだ、小麦粉だけじゃなくここにあるものは使っていいぞ。他に何か必要なものはあるか?」
「砂糖と卵、バターが欲しいですね」
「バター? それはなんだ? 聞いたこともないぞ」
バターはないみたいですね、この世界の食文化のレベルはどのぐらいなのでしょう。せめて生乳があればいいのですが倉庫に行って確かめるしかないですね。
「とりあえず見て食材を決めたいので案内してもらってもいいですか?」
「わかった、ついてこい」
ロットさんはそう言うと食糧庫の中へとさっさと入って行ってしまいました
僕も急いでロットさんの後に続き、食糧庫の中に入っていきます。
食糧庫の中に入ると色々な食べ物とカビが混ざった匂いがしました。うーん、これぞ食糧庫といった感じですかね。しかし衛生状態がいいとはとても言えないので、僕が魔王軍に入軍したら一番に改善しようそうしよう。
しかし生乳が見当たりませんね、もしかしてないのかな? それだと思い描いていた僕の得意料理が作れなくなってしまうのだけれど…… 僕がそんなことを思いながら食糧庫の中を歩いていると少しだけ甘いにおいを発する大きな樽がありました。もしかして……僕は少しの期待を胸に樽を開けました。すると樽の中には白っぽい液体が入っており、さらにその上には濃い色をしたクリームのようなものが浮かんでいました。
「すみません、この白い液体もいただいていいですか?」
「おいおい、牛の乳みたいなゴブリンの餌を魔王様に献上するつもりか? お前の頭、おかしいんじゃないか?」
そう言いながらロットさんは苦い顔をしていました。
「これはゴブリンさんの餌に使われているのですか?」
「そうだ。それはそうとゴブリンにさん付けなんてよせよ。奴らは自然に生まれてくる知性を持たないさっきであったドラゴンと同じただの獣だ」
「そうなんですか、ですがそうなるとゴブリンを餌付けする理由は何でしょうか?」
「人間との戦いの時に雑兵としてなかなか使える、ゴブリンは戦闘力は大したことないが数は多いしなんでも食べるから維持費もかからんので重宝する」
なんでも食べるゴブリンの餌に生乳を使うなんて、この食糧の使い道も改善しなきゃならないですね。そんな話を聞いたところで、僕はもう一度ロットさんに生乳をいただけないかお願いをしました。ロットさんは「こんなもの魔王様に献上するのか……」と最後までごちていましたが最後には生乳をくれました。
僕は他にも砂糖と卵をロットさんからいただき、食糧庫を後にしました。
準備は終わりました。さあ、魔王様に僕の得意料理を食べてもらうとしますか!
改善点や修正点など教えていただけると大変ありがたいです。