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短編作品

鏡合わせのフラクタル

作者: あさままさA

「今の彼氏がいない人生なんて考えられない」


 そんな彼女の語った言葉に虫唾が走り、心の中を跳弾みたく飛び回る舌打ちが反響するのを私は聞いた気がした。


 高校に入り、初めて出来た彼氏で覚えた恋の味は忘れられないものだったのだろう。誰かと心を通わし、今日までの日々で抱えてきた心は凍てついたものだったのだと知らされる事。それはどれくらい甘美なものなのだろうか……彼女は知っているけれど、私はまだ知らない。


 それにしても、私と彼女は色々とよく似ていた。


 同じ傷を確かめ合って、生まれた縁だったと記憶している。幼い頃から慢性的に与えられてきた苦悩と絶望。割れた大地の間から出した芽が育ち、咲かせた花は同じ色、形をしており私達は互いが相似した存在なのだと知った。


 だから、一際強い絆で結ばれているという確信があった。


 そんな私と彼女が日々、下らない談笑に疲れ、盛り上がりのない会話で心に灯した熱を冷ますときに用いる話題が、その――過去の「傷」だった。


 ああはならない、だとか――こうなりたい、とか。

 潔癖な思春期に相応しいと言える、不純への過剰な嫌悪。


 同じ嫌悪を描き、同調できる仲間が育てた絆は負の数字を膨れ上がらせた。あくまでマイナスを重ね、積み上げた数字。でも――だとしても揺るぎない数字がそこにはあり、私達は盲目的に最少公倍数の内側にある爛れた腐乱臭漂う絆を崇高なものとして大切に扱っていた。


 でも、高校に入って彼女は変わった。


 ある日、知らぬ内に男と結ばれてその甘美な味を知った。私の知らない味を嬉々として語る彼女の言葉は、言語としての価値を持たなかった。その言葉の裏側――もしくは内包された感情を訝しんだ私のフィルターが受け止めた解釈は、嫌悪だった。


 ああはならないと、言ったのに。

 その味を知ったから――「あいつ」を許す気になったのか?


 所詮は同じ種から芽生えた、花弁。

 蛙の子は、蛙。


 オタマジャクシとして生まれたからには親のようにならぬと誓えど、足が生えれば気味悪がって切り捨てる……そんな勇気も持てずに地を踏む喜びを知る。浅はかで、下劣な醜態を晒し、かつて描いた共通の嫌悪を、自ら愛していく。


 愛する事、愛される事。

 愛し合う事。 


 愛に溺れ、爛れた姿を憎めど――触れれば拒めぬ、真理があるのか。


 自分の足で歩き去り、私を置いてけぼりにする彼女を睨んで嫌悪を飼う。


 それから、彼女は幾度となく男を変えた。学びを活かし、繰り返すように私達がかつて憎んだ「愛」に溺れた彼女の醜態。ひたすらに依存し、求める姿を嫌ったはずなのに結局――人は逃れられないのか。


 似たように、貫けない心が移り気を湛え、目をぎょろぎょろと動かして物色している。ささやかな明かりを間に灯し、かつて抱いていた氷塊のような思いを溶かす、男との邂逅を求めて。


 そんな彼女の姿を嫌悪し、相違を決定的に感じる私。

 同じにはなれず、あくまで似ている二つの子。

 男に溺れ、依存する様に古傷疼き、恨み言。


 でも――考えようによっては私も結局は、生え揃った手足を切り捨てる事など出来なかったのだ。花弁を揺らして誘い手招き、欲しがり求むは一つの愛情。ただ、それだけなのだろう。だから、今の彼女を見て苛立つと同時に、目の前からその忌むべき存在を消し去らずに「在る事」を許している。


 私もまた、依存している。

 彼女のように――「あいつ」のように。


 ――ただ。


 それでも、お前とは違う――そんな風に睨み、恨み、疎む彼女を愛してしまう。


 交われないから、相違なのか。

 相違だからこそ、相似なのか――。


 似た者同士の彼女を愛して、自分を認める自己完結。

 結びに添える醜悪な笑みで、数多の嫌悪を蹴散らして。

 泥にまみれ、穢れを知って、濁った水を泳いでいく。



 綺麗なものは冷たくて――下劣なものほど温かい。

 


「今の彼氏がいない人生なんて考えられない」


 また彼女の語った言葉に虫唾が走り、心の中を跳弾みたく飛び回る舌打ちが反響するのを私は聞いた気がした。


 閃く弾丸が、不意に何かを打ち抜いた。

 

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