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魔物はボスとも言える藍眼を失ったからか、目の前の敵であるガムラオルスを放棄し、善大王のもとに向かって移動を開始した。
「よし、俺が時間を稼いでやるから……なるべく早く助けに来てくれ!」
余裕な口ぶりだが、善大王に余裕はない。彼の攻撃手段は一軍が衝突して然るべき相手を消し去るに至ったが、これは飽くまでも一体だからできた話である。
山ほどの羽虫が到来したともなれば、彼もガムラオルスと同じく詰みに導かれることだろう。だからこそ、この救援要求は本当のものだ。
とはいえ、ガムラオルスもここまでの戦いで凄まじい活躍をした代償か、瞬時に最大風速を叩き出すことはできない。
助けに行ったところで、死地に自身を投擲する行為と大差はない。
「(ここで善大王が死んだとして、どのくらいの影響があるか……)」
これはダストラム防衛に関しての逡巡だった
彼が《皇の力》を欠いた時点で、戦力としてはかなり落ちてくる。無論、対人戦の方に持っていけば、未だに有用だろう。
だが、そちらはウルスとストラウブ率いる盗賊軍団が担当している為、手が足りてると言える。
「(無茶をして助けなくとも、奴の脱落は大きく影響しない。むしろ、ここで殺されてくれれば、後々俺が楽をできる)」
それが違えようのない本音だった。
善大王との戦いがこの後に控えている、そう考えればここで見逃す選択は十分にアリな手ではある。
良くも悪くも、彼は大人になった。各国の王と同じく、戦争の終わった後のことを想定して動く――現状よりもその先を見る、利己的な思考を獲得していた。
だが、この場にはイレギュラーが存在している。
「陽よ、氷を輝かせろ《天舞の細氷》」
準備を完了していたスケープは《秘術》を発動した。
二人が作り出した状況を、彼女は――彼の意識は見逃さなかった。
羽虫が防壁として機能していたのは、個体が消滅するまでのタイムラグが大きかった為。そして、屍を拾う個体がいた為だ。
現状、二人の男が大規模な攻めを見せたことにより、羽虫達は浮き足立っている。
距離によって命令が届かず、善大王を倒しに向かった個体と、ガムラオルスを圧殺すべく移動していた個体がすれ違うような事態も発生していた。
こうなってしまうと、肉壁戦術は使えない。
周囲を氷の刃が舞い、個々としての力しか使えなかった羽虫は次々と重傷を負い、半数以上が消滅することとなった。
どうにか生き残った残り半数も戦闘続行が困難なレベルであり、翅を千切られ、地面で悶えているものも多い。
鈍色の眼を持つ魔物にしても、何匹かは消滅し、残っているもの達が戦術を放棄した攻撃を開始した。
だが、ここに集う三人を相手にその行動は逆効果でしかなく、ガムラオルスの翼や、自己強化による機動力向上を果たした善大王には対応しきれなかった。
そんな壊滅状態に陥りながらも、藍眼だけは依然として冷静だ。残り一体となりながらも、己に課された指揮官としての命令を意識しているようにも見える。
そうした予感を善大王が覚えた瞬間、スケープは大きな声で叫んだ。
「衝撃が来る。善大王、自力で防げ!」
「なっ、ちょっと無理言うなって!」
羽虫の軍勢が消えたことで多少の余裕は得ていたものの、彼には具体的に攻撃を防ぐ手段がなかった。
程なくして、藍眼の魔物――鈴虫の翅を有したセミといったところか――は彼女が予知した通り、怪音波を発した。




