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「ライト! これ以上は無理だよ!」
「……俺は諦めない」
「でも! このままじゃライトも――ライカも、ミネアも助けられずに終わっちゃうよ!」
「だが、ここに住んでいる人を救うことはできる!」
「えっ……」
瞬間、善大王の右手に刻まれた紋章は一層輝きを増し、三倍速で拡散、放出された。
《皇の力》の出力の上昇は時を追う毎に発生していたが、今回のそれは明らかに今までの振れ幅とは異なっていた。
脅威の勢いで放たれた光糸は、すり抜けていこうとした羽虫を片っ端に貫いていく。
対消滅という現象に変わりはないが、糸の拡散は鋭い触手で刺すように、キレや速度が格段に増していた。
そうして、迫り往く無数の白光はこの爆撃の根源でもある藍眼に向かい、一本に集束していく。
羽虫が――それどころか鈍色の個体さえもこれを防ごうとするが、まるで掘削でもするかのように、おぞましい数の魔物が削り取られていく。
千は越えようかという羽虫はこの攻撃の前に無力でしかなく、命中と同時に二倍三倍に増えた光糸が伸びていくといった具合で、もはや一対一の交換という当初の戦略は瓦解していた。
「ライト! ライト!!」
「消せる――消しきれる」
「ライト!」
もはや、フィアの声は彼の耳には届いていなかった。
意識は究極にまで研ぎ澄まされ、彼の自我は空となり、無となっていた。
彼の目は魔物の軍勢を――負の力の集合体を捉え、そこに介在する思考は何もなかった。善大王として、魔を滅することの他に考えることなど、なにもなかった。
この想定外の状況に恐れを抱いたらしく、藍色の瞳を持つ魔物達は後退し始めるが、善大王は一切気に留めなかった。
だが、ただ一匹。蜻蛉型は例外といわんばかりに、数百、数千の先端を迫らせ――完全に消滅させた。
「ライト! もういい! もういいの!」
「まだだ! このまま奴らを滅ぼしき――」
視界は白く染め上げられたが、今回は脈動することもなく、常に彼の世界を覆い続けていた。
「く、くそぉ……あと、あと少しだ。あと少しだけ……」
意識がふっ、と消えそうになった瞬間、仄かに暖かい光が彼を照らした。目には見えず、音も聞こえず、何の匂いも感じなかった。
しかし、その熱量を――その光の存在を彼は認識していた。
凄まじい脱力感が襲うと同時に、善大王の視界を覆っていた白色の幕は取り払われ、燃えさかる町並が戻ってきた。
「ライト! 大丈夫!?」空を見上げながらも、心配そうな声で言った。
「……あ、ふ、ふぃあ?」
彼は見間違えたのではないか、と一瞬だが考えてしまった。
視界からもやが消える刹那、彼女の全身が――肉体そのものが、橙色に発光していたのだ。
ただ、思い違いと感じるほどに、その痕跡は残されていない。フィアは普段通りの姿で、発光などしていなかった。
「ライトのおかげで、かなり数は減ったみたい。これなら、私でも対応できるよ」
言いながら、彼女は次々と羽虫や爆薬を打ち抜いていた。
どんな場面にあっても、自分が成すべきことを着実になす。かつての彼女であれば、まず間違いなくできなかったことだろう。
「……っても、まだ残っているな。よし、残りを取っ払い――」
手の甲を見た瞬間、彼は違和感に気付いた。
先ほどまで煌々と輝いていた紋章は、まるで眠りに落ちたかのように黒い痣となり、沸き上がるような力の供給も止まっていた。
「ライトは無理しないで。ここは私が支えきるから」
「フィア……悪いな」
感謝を述べられながらも、フィアは表情一つ変えなかった。普段の彼女であれば空気を読まずに照れ始めるところだが、今回は違うらしい。
ただ、これは成長したから、という類の現象ではなかった。善大王は見逃していたが、彼女の額からは大粒の汗が流れ出していた。
それまで、素晴らしいまでの鋭さを誇っていた術についても、精細を欠いている。




