11
――火の国、ダストラムにて……。
夜明け前に、善大王は目を覚ました。
「フィア」
「うん……来ているね」
今ばかりはいつものぐうたらなフィアではなく、巫女としての顔付きとなっていた。
「組織の連中が出てくるという展開は、まぁ少なからずは予想していたが」
「ライト、もしかしてそれを待っていたの?」
「まさか、俺はガムラオルスの回収を最優先にしていただけだ。ついでにいうと、これはかなりマズイ路線だ」
現在、ダストラムには実力者が六人ほど滞在している。とはいえ、その中の二人は敵の陣営であり、味方に引き込める可能性は低い。
ともなると、これは盗賊側に有利な運びとなってしまった。組織と通じている事実がある以上、挟撃の形になるのは確定的だろう。
二人は話し合う間に服を整え、宿の外に出た。
瞬間、あまりに予想外な光景に、言葉を失った。
「……」
「おい! 善大王、どうなっている」
「俺も分からない。だが、魔物を引き連れているというのはどういうことだ」
魔力の反応は確かに感じていた。しかし、このような状況は想定しきれなかった。
藍色の瞳を持つ魔物が三体、鈍色は十体、羽虫に至っては数え切れないほどだ。
「組織は盗賊ギルドと通じているはず……だが、これを見る限りじゃ」
「滅ぼそうとしている、としか見えないな。まさか、俺達を消し去るついでってことでもなかさそうだしな」
善大王の楽観した調子に憤りそうになるが、ウルスは堪えた。
「遅延も悪くないだろ?」
「……ってことは、組織は切れているってことか?」
「さあな。少なくとも、俺達目当てにしては明らかに規模が大きすぎるってことだ。ここを滅ぼした後は、順々に盗賊ギルドのアジトを潰してくれそうな調子だ」
言いながらも、善大王は内心で驚いていた。
盗賊ギルドには存在価値がある。それは悪を一点に集め、管理し、そして適度な暴力をもたらす機関として。
だが、この様子ではその機関一つを潰すことも厭わない、という意志がひしひしと伝わってきた。
「(盗賊ギルドが潰される、これが時流ってのはなんとなく分かったが、組織側がそれに付き合うとはな――これじゃ、俺達が手を出すまでもなかったって感じだな)」
何故、そのようなことが行われているのかは分からなかった。しかし、この場ですべきことは何一つとして変わっていない――当初の予定とは変わったが。
「俺は魔物の撃破に向かう」
「……おい、あの数だぞ」
「ハハ、俺を誰だと思っている。天下の善大王様だぞ? こんなのものの数じゃない」
彼の余裕は、そこにあった。
現に、第一陣としてケースト大陸に到達した魔物の軍勢を滅ぼしたのは、彼の《皇の力》である。
ここに集まっている魔物の層は厚いが、それでもあの時ほどではなかったのだ。
「たーだーし。俺の能力が効かない奴らもいる。その上、あの数を消し去ろうとすれば、俺は全く動けなくなる」
「……おいおい、掃除烏にあいつらの相手をしろ、っていうのか?」
目視には至っていないが、魔物の軍勢を引き連れている組織の人間、数にして千から五百という魔力が揺らめいていた。
「ついでにいえば、盗賊の相手もだ。連中は事情も知らず、俺達に襲いかかってくるかもしれない。そいつらも頼む」
「……逃げるという手はあるか?」
「ここで防ぎ切らないと、まず間違いなく無関係な住民が殺されるな」
ウルスは舌打ちをすると、息を荒げて追いついてきたクオークに視線を向けた。
「おい、さっさと行くぞ。俺達の役割は、大軍の相手らしい」
「ちょ……ちょっと、待ってください。まだ、息が整って――」
いまいち状況を理解しきっていない冒険者の手を掴むと、ウルスは走り出した。待っている時間がない、ということを彼は理解していたのだろう。
そうして二人きりになった時、善大王はフィアの方を見た。
「また俺が倒れたら――その時は頼む」
「……そうなって欲しくないけど、任せて」
彼は笑みを浮かべ、目を閉じた。




