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――十年前、ダストラムアジト内にて……。
「オキビ、おれに――ストラウブ派に付け」
彼らが再会したのは、その場であった。
ベイジュによる支配は当然のことながら、上手くいかなかった。
彼による武力的制圧により、おおよそ半数は味方につけたものの、彼に反旗を翻した派閥がストラウブのもとに集っていたのだ。
暴力を厭わないタカ派のベイジュ。
現状の盗賊を受け入れられるようにし、世間と迎合していこうとするハト派のストラウブ。
どちらにしても極端ではあったが、身内にさえ手を上げるベイジュには付いていけないという者は多かった。
この場はそうした延長線上にあり、両派閥のトップが会談を行うという目的でセッティングされた。
不意打ち、暗殺なんでもありかと思われた会談だったが、実際はかなり穏やかに進んでいる。現に、両ボス候補の腹心とされる二人も、部屋の外に出されていた。
「ボスを裏切れっていうのか」
「ああ、ベイジュのやり方では盗賊ギルドは成り立たない」
「そりゃやってみなきゃ分からねぇだろ。それに、お前風情が俺にものを言えるのか?」
「……ベイジュ派の成長が、自然の現象と見るのか?」
オキビは沈黙した。
彼としても、この状況は自然なものと感じる一方、作為的な進み方であると思う節があったのだ。
「(ベイジュのやり方は確かに横暴だ。だからこそ、不満を焚きつけられた者達がまとまりを得て、それが敵対者になることも自然のこと――だが、その旗印がよりにもよってストラウブというのが解せない)」
ストラウブ派は台頭当初、圧倒的な弱小派閥でしかなかった。
そもそも、彼自体が実績を持たず、一般盗賊というレベルの男だったというのが原因である。
ただし、彼の思想は実力を覆い隠すほどに異質で、故に物好きな盗賊が彼の派閥に属すという例はあった。しかし、だからといってそれがベイジュ派に匹敵する規模にまで成長するなど、明らかに異常である。
「お前が、手を引いていたのか?」
「……ストラウブ様の力だ」
「盗賊ギルドは――今までの盗賊ギルドは、ここで終わると見るか?」
一瞬、何を問われているのか分からなかったスタンレーだが、すぐに意図を理解したらしく頷いた。
「盗賊ギルドは変わる。少なくとも、冒険者との抗争は止まる。そして、火の国と再び迎合することになる――当初分かたれたものが、元の場所に戻るだけだ」
当初、とは火の国の建国当時のことだった。
二つの盗賊組織の融合により生まれた国家。片方は初代国王であるイアン王の組織であり、もう片方はその当時の巫女がボスとなっていた組織である。
ベイジュの持つ竜牙刃は、巫女側の組織が所有していた秘宝であり、決別の際にボスを襲名したブラウンが受け取った。
つまり、竜牙刃の名の元に火の国へと戻る、というのはおおよそ不可能なことではないのだ。
――しかし、現在から見るとそれは違っていた。スタンレーは己の力によって、この予言を実現させようとしているのだ。
「そして、こちらの派閥にはハロッズという男がいる。あの男は……」
「ボスのガキだろ? ったく、親父について行けないからってよそに入る奴があるかよ」
「――そういうことだ。盗賊ギルドの初代ボス、その血は継続していくことになる。今までの盗賊ギルドは、完全な意味で消えるわけではない」
そう、ベイジュこそがブラウンから続く、ボスの血族だったのだ。そして、彼の息子であるハロッズもまたその血を引いている。
その有り様は、まるで光の国や闇の国の正統王家を思わせた。
――だが、これにしても事情が異なっている。ハロッズは実権を奪われ、今では影響力は失われているのだ。スタンレーの手によって。
「下っ端盗賊がボスで、どら息子が種馬ってことか。ハン、これは面白いことだ」
「……口は慎め。おれはお前の力を評価し、その上で頼んでやっている。命令ではない、飽くまでも平等な立場からの要求だ」
傲慢にも聞こえるが、オキビ本人はおおよそ納得していた。
このスタンレーという青年ならば、盗賊ギルドに革新を起こすことは可能だろうと。そして、その時にベイジュは抗えないと分かったからだ。
本来ならば、ボスと共に旧時代の盗賊として打ち倒されるのが定め。彼の提案は、その運命から逃れうるものだった。
「……思い出したか? お前の母親のこと」
「そのようなことを考えている時間は、僅かにもなかった」
「そうか」
スタンレーは身構えた。この言葉がつまり、抹殺宣言であると判断したのだ。
爆炎がギルド内部を走り出した途端、彼は口を押さえながら後方に転がり、熱から逃れた。
しかし、その炎は誰に襲いかかるでもなく、程なくして消え去った。炎の主を連れて。




