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――十四年前、盗賊アジト内にて……。
この日、盗賊ギルド内では大きな事件が起きていた。いや、明確にはこの日に、その事件が明らかになったのだ。
「メルト付近を縄張りとしていた盗賊が殺された事件について、知っている者はいるか?」
そう言ったのは、ベイジュだった。仮面も、棘の付いた鎧もないが、彼の腰にはナイフのホルダーが吊り下げられていた。
そのナイフこそ、《竜牙刃》とされる武器であることは明白である。
「いや」
「聞いてないな……というより、連中がしばらく接触を取ってこないが」
「それなら問題ねぇな。奴を殺したのはオレだ」
何事もなく言い出したベイジュに、集められていた盗賊達は戦慄した。
だが、一人だけ平然とジョッキに口を付けている男がいた。彼だけは竜牙刃の使い手が嘘をついていると――内容を盛っていると理解していた。
「な、何を言って……」
「もうそろそろ、派閥争いなんて面倒な真似はやめようや。このナイフが持つ意味は、お前達が一番理解しているだろうが」
そう言うと、ベイジュはホルダーからナイフを抜き、かざして見せた。
刃は白く、金属のような光沢があるかと思えば、牙のような質感を有している。安っぽい骨のナイフとは明らかに異なる、盗賊ギルドのボスが継承してきた武器だ。
その素材は――名の通り、竜の牙である。
「この武器をオレ持っている以上、オレがボスってことでいいだろうが」
「仲間を殺すような奴がボスだと? 冗談じゃねえ」
「先代ボスだって明言せずに死んだ! いくらあんたがボスのガキだとしても、それがそのままボスになれるような社会じゃねえんだよ!」
盗賊の世界は穏やかなものではなく、むしろ分かりやすいほどに暴力的な社会である。
世襲制などあってないようなものであり、歴代のボスは実力、人望でその立場を勝ち取って来た。
その点で言えば、ベイジュの戦力は疑いようのないものだった。だが、人望の部分が足を引っ張っていたのっだ。
みかじめ料を一般人ではなく、盗賊にまで科し、稼ぎや宝を平気で奪い取っていく彼を嫌う者は多かった。
挙句、ここ一年間――先代ボスが死んで少しした頃から、彼の横暴はそれまでの比ではなくなった。
エスカレートした暴虐の末が盗賊――仲間の殺害であるとすれば、彼をボスに推す動きがなくなるのも当然のことだった。
「ふぅむ、てめぇらが従わないのは予想外だったが、なに大きな問題ではない」
「何言ってやがる。仲間を殺したってことは――あああああああああああああああ!!」
言葉を言い切る前に、男は呻きを上げて倒れた。彼の体は赤い炎で燃え上がり、転がって消そうにも消しきれなかった。
ほどなく、盗賊は絶命した。炎が消えた時、そこには生命が終わりを迎えた炭が残るだけだった。
誰もが恐怖し、言葉を失っている中、酒を飲んでいた男は何を思うでもなくジョッキに酒を注ぎ込んだ。
「オレに逆らう奴は燃やす。もちろん、一人残らずだ。別の派閥なんて組んでいる奴は、これから一人ずつ殺していく。オレに従うような奴なら、簡便してやってもいい」
恐怖支配は盗賊流に見えて、実は大きく異なっていた。
旧来の盗賊達というのは、ボスへの仁義で動いていた。恐怖も少なからずあったものの、自分達を保護している存在への感謝を抱き、礼儀として従っていただけなのだ。
その点で言うと、こうした恐怖支配は彼らには通用しない。むしろ、怒りを増長させる結果となった。
「ああ? やろうっていうのか?」
「おめぇら、こいつを畳むぞ! 焼き殺そうにも、時間が――」
今度の男は叫びを上げるほどでもなかった。ただ、髪が燃えていると気付いたからには、外の世界に目を向けている場合でもなくなっていた。
頭皮が焼き焦げ、「ぐがぁあああ、焼ける! 焼ける!!」と絶叫を上げ始めた瞬間に、炎はスッと消えた。
「その気になれば一瞬で十分だ。ボスをあまり甘く見るな」
酒を飲んでいた男は立ち上がった。赤茶けた髪を持ちながらも、今よりも遙かに若いウルス――オキビだった。




