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「よう、シアン」
謝罪を終え、移動を始めようとしていたシアンに声を掛け、善大王はお土産とばかりに高級なチョコレートを手渡した。
「ありがとうございます」
「いや、まったく頑張っているなぁと思ってな。俺くらいは評価してやるよ」
自然な切り出しに始まり、善大王は目に付いたベンチを顎で差し、シアンの手を握った。
元々人が来る区画ではない為か、人通りは少なくない。もちろんそれは偶然ではなく、彼女がそうした場所での対処を終えるのを、善大王は待っていた。
「なぁシアン、君は謝って回っているよな?」
「はい」
「その時にいつも言っているが、本当にフォルティス王に事態を告げているのか?」
彼の言葉に意味はない。何故ならば、彼は聞くまでもなくそれを理解しているのだ。
「いいえ」
「だろうな。念の為に聞いておく、それはどうして」
「父は聞いても変えませんから」
「ま、そうだろうな」
善大王は同じような言葉を使った後、目つきを変える。「じゃあ、あの謝罪はなんだ」
「あれは民の怒りを和らげる為の言葉です。結果がついてこないことが明らかになったとしても、怒りは私に向きます」
「シアンは戦闘狂の操り人形として怒りを制御し、最終的には身代わりになる、か。健気なお姫様だ」
少女に優しいはずの善大王だが、この言葉には棘が含まれていた。
「……私にできるのは、それだけですから。姫として、誇りを持っているつもりです」
「そうか。なら、どうして君は泣いているんだ?」
シアンは涙を流していた。それは彼女としても意図したものではなかったらしく、言われて初めて気づく。
急いで拭うが涙は止まらず、震えた声で「これは、違います」とだけ言う。
善大王は言葉巧みに彼女の心を暴き出した。だからこそ、彼女がいま必死に涙を抑えようとしているのをみて、シアンが持つ本当の返答を認めた。
「何が違うんだ? 君は心理的に有効だからと謝罪していたわけじゃない、本当に心の底から謝っていた。解決するという意味ではなかったが、その謝罪は自分の無力さと民への哀れみがあったんだろ?」
「そんなことは──ないです」
ようやく押さえが利いたのか、彼女の涙が止まった。
ただ、それを見て善大王は余計に彼女の内面を知る。
シアンは利口だった。姫として理想的な動きをしてきた。
だが、その頭の良さが原因で、父の狂った行動を止めようとは思えなかったのだ。
自分が内心で理解し、父が求めるであろう無感情に動く謝罪装置──彼女はそれになれなかった。
シアンは、あまりにも優しすぎた。
民を無感情にあしらうこともできず、だからといって彼らを救う為に動くこともできない。板ばさみのジレンマが彼女の身体を縛りあげていた。
短いやり取りで善大王はそれを察知し、把握した。
「分かったよ。じゃあ、俺が救ってやるよ。シアンが嘘偽りで救いたいと願った民も、そいつらを救いたいと思っているのになにもできない小娘も──そして、未だ己の愚に気づいていない大馬鹿野郎も」
「えっ」
善大王は何も答えず、フォルティス王の居る城へと向かった。
己の正義、そして守るべき者達を救う為に。