双極の女
無事復活したガムラオルスとスケープは、現状を正しく理解すべく、話し合いを始めた。
「俺が寝ている間、状況は変わったか?」
「全然。上にいる三人……四人は動く気配がない感じ。ワタシ達が動くのを見て、その時にアジトを特定するんじゃない?」
「順当に考えれば、そうなるな。しかし、奴らが全く動かないのも奇妙だ」
この地下アジト――というより、地下アジト内の、最深部とも言えるこの区画は魔力が完全に遮断されている。事実、フィアが辿れたのはこの区画に入る手前までである。
善大王やフィアが事前に探りを入れている、と知らない彼からすれば、ここは絶対安全の地点といっても過言ではなかった。
だが、彼はそこまで楽観的ではなく、上の人間ならばこの場所を突き止めるのではないだろうかと警戒もしていた。
「……それにしても、スケープはここに残るのか?」
「っていうと?」
「盗賊ギルドに、だ。スタンレーがお前自身だった以上、ここに残る意味はないだろ」
「まぁ、そうかもね。でも、ワタシは火の国を裏切ったんだよ? ここまできたら、もう盗賊にしか居場所はないって」
「身を寄せる意味があるのか?」
「あなたは逃げたいの?」
「……正直言えば、盗賊は切るべきだと思っている。お前に付き合おうと思ったのは――そうだな、お前個人に情がわいただけだ」
冷ややかさを感じる口調だが、言ってること自体は素直で、温もりに満ちたものだった。
「だったら、駆け落ちでもしてくれるの?」
「それも悪くはない。二人も《選ばれし三柱》がいるなら、どこに行ってもやっていけるだろう。最悪の場合、どこかに属すことなく過ごせばいい」
彼の言葉はどこか悲観的だった。自分達の力に自信を持ちながらも、上で控える四人と戦って勝てる、と断じることができなかったのだろう。
「ワタシは盗賊に残る」
「何故」
「……形はどうであれ、ずっとここで過ごしてきたの。ワタシにとって故郷といえるのは、ここくらいだから」
「故郷……か」
二つの故郷を失った彼はそう呟いた後、少し間を開けてから頷いた。
「お前がそれを望むなら、俺が手を貸そう」
「手を貸す? 手を染めるでしょ?」
「……そうだったな」
彼女らしくもない、うまい言い回しだった。ガムラオルスもまた、彼女と同じく戻る場所を持たず、手を貸すなどと他人事のように構えられる立場ではなかったのだ。
一蓮托生、まさしく彼の口にした通りの状況である。
「いくつか確認したい」
「はい」
「……《秘術》は使えるのか?」
重要な点は、そこにあった。
もし彼女がスタンレーとしての実力をそのままに使えれば、戦力が《選ばれし三柱》二人という前提は崩れる。
スケープの実力は客観的に見積もって、《選ばれし三柱》一人分には届かないものの、それに迫るものではある。
最上級術まで使える術者、という時点でミスティルフォード内では稀少なのだ。
その上、スタンレーの持つ複数の《秘術》を行使できるともなれば、二人分に届くことだろう。
事実、初戦ではガムラオルスが捨て身になることで、どうにか痛み分けに持ち込んだというほどだった。正々堂々の戦いであれば、敗北すらあり得ただろう。
「残念ながら」
「……やはり、難しいか」
「それはそうですよ。ワタシはスケープとして生きてきたんですよ? スタンレーさんだった記憶も、意識もないんですから――でも、できないことはないかもしれません」
「どういうことだ」
「真似なら、できるかもしれません。あの人が多く使っていた《秘術》なら、どうにかそれらしいものにできる自信があります」
真似、というとかなり心細く感じるが、この発言自体は凄まじく心強いものだった。
そもそも、《秘術》を真似できるという時点であり得ないことなのだ。オリジナルをコピー――どころか、強化までできたスタンレーほどではないにしても、十分に驚異的な才能である。
「どんなものがある?」
「天舞の細氷と絶対直感、反射追尾くらいなら使えると思います。他は……できるかどうか怪しいです」
十分すぎる術種だった。前者二つはスタンレーが多様し、多くの相手を苦しめてきた《秘術》だった。
超広範囲に放たれる高火力技、近未来予知による回避向上、さらには命中時のリカバリー付き。その上、機動力が高く、遠距離火力を持つガムラオルスがこの対象になるとすれば脅威そのものである。




