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全く予期せぬ返答だったからか、彼女は言葉を失った。
「お前は言ったな、スタンレーがお前の意識を支配しているのは、あの姿に変わっている時だけ……と。だが、スタンレーの姿が解除された後、お前は譫言を言っていた――奴の言葉の続きとして」
譫言であるからして、記憶にないのは当然だった。だからこそ、彼女はわけが分からなくなった。
「死の運命を変えた……という類の内容だった。あれは、スタンレーがお前を生存させることを目的とし、言ったんじゃないか?」
「そんな、こと……な、ならワタシが戦っていたのはおかしいじゃないですか」
「奴が救いたいと願いながらも、守るべきお前の体を使った理由――それは、お前自身がスタンレーだからだろ? 正確には、お前の中にもう一人の誰かが入っている」
『なるほど、この男はなかなかに勘が冴える。お前のことをよく理解できている』
何者かがいるはずだが、誰も居ない。かのヴェルギンでさえ、彼女の中に誰かがいるという事実には気付きさえもしなかった。
「そんなことない! ワタシはワタシ! スタンレーさんとは違う! ワタシはもっと駄目で、あの人みたいに凄くなくて……」
「仮にも、お前は俺と同じ《選ばれし三柱》だ。お前の本当の力は、自分で考えている以上にあるはずだ」
「ワタシは《秘術》も使えない……そんなワタシがスタンレーさんのわけが」
「お前の神器、《屍魂布》だったか。あれの効力が融合であるならば、別の属性を持つ人間を取り込みさえすれば、使えてもおかしくはない。ただ、そう考えることができなかったんだろうな」
ガムラオルスは、彼女の謎を解き明かしていった。
確かに、《屍魂布》の能力を駆使すれば、全属性を行使することは可能だ。その上、彼女自身は七属性全てを使えるという《超常能力》を有しているのだ。
彼女が《秘術》を使わない理由も、彼の読み通りだろう。導力の比率や導式の内容などもスケープは把握しているのだ。
それでもなお使おうとしないのは、自分にはできないという思い込みが働いている為だ。
《秘術》が使用者の願いを還元し、発動されるのと同じように、使用者が絶対に使えないと考えていれば使えなくなるのも道理。
強い誰かに守ってもらわなければ、生きていけない。幼少期の彼女が抱いた絶対的な無力感がこうした考えを育み、肉体が精神を置き去りにしたような具合になったのだろう。
「違います……違うんです! ワタシは……ワタシは身を売るような低俗な女で、無価値で無意味で……スタンレーさんとは違って、駄目駄目で――」
頭が現実を受け入れられず、盲目的な思考に陥りだしたスケープを見てか、ガムラオルスは静かに起き上がった。
頭を抱え、否定するような言葉を並び連ねる彼女を黙ったまま抱きしめた。スケープが落ち着きを取り戻すまで何もせず、何も言わずに抱きしめ続けた。
自分とは違う熱を持つ肉体に抱きしめられ――少し苦しいというほどの圧力で抱きしめられ、彼女が嫌うような要素を多く含んでいたはずのそれは、これまでなかったような安心感をもたらしていた。
「(ワタシじゃない人の温度なのに、ワタシを傷つけるような痛さなのに……)」
人間嫌いのスケープは、人と関わる度に吐き気を催すほどの嫌悪感を抱いていた。
しかし、この抱擁はそんな彼女の嫌いを塗りつぶすように、穏やかであった。
言葉もなく、無償で自動的に与えられるぬくもり――愛情は、彼女が最も望んでいたものだった。
『これからは、お前だけで――その男に頼りながらでもいい、生き延びろ。おれなどに頼ることはなく、自分の力で』
頭の中で聞こえてきた声はくぐもっており、普段のような明瞭さはなかった。いつものような強さはなかった。
だが、スケープは不安になることもなく、勇気づけられたように頷いた。
「(スタンレーさん、ありがとうございました)」
ふっと彼女の中にあった重しが消え、入れ替わるようにして、種のように微量な自信や自我が芽生えた。




