9v
――地下アジト内にて……。
「……ガムラオルス、さん?」
ぼやけた視界の中に、緑色の髪をした男が映り込んでいた。
スケープはその男を、ガムラオルスと名乗りながらもガムラオルスとは違っていた男と思い、そちらの名で呼んだ。
「ようやくか。二日はかかったぞ」
「え」
目を擦り、覚醒していく度、視界は明瞭さを増していく。そうすると、それまで虚ろながらも存在していたガムラオルスさんは姿を消し、ただのガムラオルスが残った。
「奴らの追撃はない。だが、連中は攻め時を窺っているようだ」
「えっ、なんのことですか」
「……お前は、ウルスと戦っていたんだろ?」
「知りません」
「スタンレーの奴が来ていたのか?」
「……じゃ、ないですかね?」
緑髪の青年は睨み付けるような表情で、スケープの顔をのぞき込む。
「スタンレーと連絡は取れるか?」
「……今は無理みたいです」
「あの変身、どういう仕組みなんだ? あれはスタンレーなのか? お前なのか?」
質問攻めだったが、自分から話すよりも、聞かれた内容を答える方が得意――というよりも、話すことが苦手か――な彼女は嫌がらなかった。
「ワタシの神器、《屍魂布》は魂や肉体を融合させるものなんですよ。それを使って、別の人間に変身することができます」
「……つまり、あのスタンレーはお前なのか?」
紫色の髪を弄りながら、彼女は誤魔化そうとした。
しかし、じっと見つめたままのガムラオルスに根負けしたのか、彼女は渋々といった様子で口を開いた。
「いいえ、あれはあの人……スタンレーさんの意識ですよ。肉体はワタシのものを媒介にしていますが、限りなくあの人と同じものです」
「その意識の融合はどうやって解除される? お前の変身が解かれた時か?」
「その、はずですけど……なんですか? いきなりそんなこと聞いて」
「いや、ただ聞きたかっただけだ。それと、少しばかり長い話をするが、覚えていられるか?」
低い声で紡がれた言葉だったからか、スケープは僅かばかりに恐怖を覚えていた。
「メ、メモは取っていいですか?」
「取れるものならな……ただ、できれば覚えておけ」
言ってから、スケープは裸のまま寝かされていることに気付いた。
「さっき言った通り、上では善大王とウルス……それと、天の巫女がお前を――盗賊ギルドを潰す為、動いている」
「は、はい!」
「だが、連中はここ二日間ほど動くこともなく、店で何かしらの話し合いをしているそうだ」
「そうだ? どこかで聞いた話ですか?」
「――ここの盗賊に、スタンレーの名を使って命令した。だから、お前はこれから定期的に、盗賊からの報告を受けろ。そして、連中が動きだそうものなら、俺を起こせ」
「起こす……? どういうことですか? 前みたいに隠された能力を目覚めさせるって話ですか?」
茶化したような口調で言われたにもかかわらず、叱責や怒りの言葉を述べたりはしなかった。ただ、顔は依然として睨み付けるようなものだ。
「少し疲れた。休ませてくれ」
そう言うと、彼はスケープの眠っているベッドで横になると、彼女の豊満な胸に顔を埋めた。
いつも通りに盛りの付いたオスの本性を晒した、と考えた彼女だったが、彼が本当に眠りだしたのを確認した途端に疑問を抱いた。
彼女は周囲に一切の興味を持つことなく、観察を疎かにしてきた。だが、自身の胸の中で眠る男に対しては、強い関心を抱いていた。
魔力を探った瞬間、いくら鈍い彼女でも気付いた。ガムラオルスのそれは、隠れているという類の減少ではなく、ソウルを使い切ったような消耗だった。




