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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
974/1603

7v

 ――数日後。


「結果は?」

「№Ⅶはもう駄目だ。やはり、あの幼い体では負荷に耐えられないようだ」


 そう言うと、眼鏡の研究者は共同部屋に叩き込まれた少女を見やった。


 少女は「ああ……うあぁぁぁう……」と力なく呻いたかと思うと「あぁあああああああ! あああああああああああ!」と叫びながら鉄格子の部分にぶつかってきた。


「まるで全部の症状が混じった感じだな」

「一応、七属性への変化が確認された」

「マジか!? おいおい、一個を変えるどころか全属性を手に入れたと来たか!」


 肩を叩きながら、馴れ馴れしく接する気分屋に対し、眼鏡は落ち着いた様子だった。


「失敗作だ。あの個体は廃棄する」

「んな!?」

「属性変化の効果は見られたが、現行手段では対象者が狂って終わりだ。これでは研究成果としては上げられない」

「全属性が使えんなら、気違いでも構わないんじゃねえか?」

「研究者として、あのような失敗作を表に出したくはないのだ」

「ハン、研究者サマのこだわりは分からねぇな。……ってかよ、全属性の変化っては、全部の属性の術が使えるってことだよな」


 当たり前のことを聞かれたように感じたのか、眼鏡は憤りを滲ませた。


「そうだが」

「おかしくねぇか? 七属性の割合が均等に分配された場合、全部の属性が使えなくなるって話だろ?」

「……あの娘は、自身の人格を切り替えることで、七属性行使を成したのだ」

「できるのか?」

「多重人格者の検体がいない為、調べる手段はない。だが、あの娘は異常なほど精神が分裂しやすいようだ」

「もとより気違いだったって話か?」

「おそらく、個体の年齢が低すぎた為に、仮想人格(ペルソナ)の定着が容易だったのだろう。そして、それが完全な人格として確立した――統合ではなく、全てが別個の人格として残留している」


 属性変化実験で注目されたのは、各国毎の性格の違いだった。

 これは環境、風土という影響による収斂(しゅうれん)とは異なっており、明確な違いが確認されていた。

 この研究を行っている施設は無数に存在するが、ここは人格が属性に関与するという説を元に実験を行う、というスタンスの施設である。


 その為、精神を(いじ)くる影響で頭がおかしくなる個体や、廃人のような状態に陥る個体が多くいるのだ。

 そんな中、二体の個体だけは壊れず、生き延びていた。精神干渉が命を奪い取るものではないにしろ、連日の施術を受けながら、正気を維持しているのは驚異的なものであった。


 だが、そのうちの一人――№Ⅶは完全に壊れてしまった。


「しかし、彼女はいい実験体だった。おかげで、臨界点がある程度は絞れた――安定した方法を№Ⅻに施し、その結果を見るとしよう」

「……しっかしなぁ、俺は七属性全てを使えるって方がインパクトがあると思うんだがな」

「研究者に二言はない。捨ててこい、あの廃棄()を」

「へいへい」


 気分屋は鉄格子を開け、部屋の中に入っていった。

 途端、中で暴れていた数人が飛びかかってくるが、何事もないように蹴り飛ばしていく。衰弱している為、いくら頭のネジが飛んでいても力は出ていないようだ。


「ったく、元気な実験体さん達だ」


 一足遅れ、№Ⅶも飛びかかってきたが、気分屋は平然と蹴りを浴びせた。

 鉄格子に打ち付けられた少女は床に転がるが、それに何を感じるでもなく両足首を掴み、物を扱うように肩に引っ下げた。


「そんじゃ、捨ててくるわ。扉、さっさと閉めといてくれよ」

「……ふむ、そうしよう」


 階段を上り、上方向に開く鉄の扉に手をかけると、勢いよく押し開けた。

 砂漠の砂が舞い上がり、目を開けていた少女は顔を振るが、気分屋は気にしない。いつも通りのゴミ捨てとして、作業的にこなしていく。


「さ、お前は自由だ。好きに生きていけばいいさ」

「……ど、ど、どどど……どう、どうすれば……?」


 口の付近が痙攣(けいれん)し、言葉はひどく聞き取りづらいものとなっていたが、気分屋は頷きながら音を理解したようだ。


「……それはお前(・・)次第だ」


 少女は男の顔を見ようとしたが、ローブで隠されており、どんな顔つきなのかも分からなかった。


「向こうに村が見えるだろ? あっちまで行けたら助かるかもな。さ、こいつをやるからさっさと行けよ」


 硬貨が五百枚(・・・)は入っているであろう皮袋を手渡すと、男は特になにをするでもなく、さっさと地下へと戻っていってしまった。


「村……村に……村に……行けば……」


 既に衰弱しきっていたが、少女は走り出した。頭の中を巡る思考の雑音を振り払うように、無我夢中で走った。

 走って行く最中、何かに躓き、彼女は砂を舞い上がらせながら倒れた。


 見ると、辺りには骨が転がっていた。彼女には分かり得ないが、今まさに足を取ったのは、大人の大腿骨だった。

 しかし、分からないからこそ彼女は走った。そこら中に頭蓋や風化しきった骨の残骸が転がっていたにもかかわらず。


 彼女には分からなかった。あの気分屋が仕事を面倒に思い、衰弱しきった個体が勝手に死ぬことを望んでいたことを。

 ただし、彼女だけはある意味例外だった。彼女は硬貨の入った袋を受け取っていた。


 もし、村に辿りつくことさえできれば、生き延びることが可能だ。カネがすべての砂漠において、金さえあれば命を繋ぐことはできる。


ただ、彼女はそんなことも理解していなかった。

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