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――光の国、大聖堂にて……。
普段より信者の多い大聖堂の中、アルマは人混みに紛れて祈りを捧げていた。
それは彼女に限った話ではなく、皆が一様に手を合わせ、目を閉じていた。
扉が開け放たれた途端、皆は目を開け、ありがたそうに入ってきた老人に祈りを捧げた。
禿頭で口許が隠れるほどの白髭を蓄えた老人。服装は豪奢ながらも、貴族のような下品なものではなく、神聖さを感じさせる法衣である。
その後ろに控える若者は礼服に身を包み、口を噤んだまま道をあけるように促していた。
そうして舞台へと上がると、老人は口を開いた。
「神の子らよ、我こそは法王バール。此度は、皆に頼みがあり、この場に参った」
そう言うと、厳粛な雰囲気は代わり、年に見合わぬ荒々しさが法王バールに満ちた。
「今こそ、悪しき統治者であるタグラムを取り除くべきだ」
これには信者達も戸惑いを隠せなかったらしく、ざわめきが生まれた。
「皆のもの、静粛に! 法王の御前であるぞ」若者は叫ぶ。
その声を聞き、皆は迷いながらも、静まりかえった。
法王は片掌を見せ、何かを制するようにした後、目を閉じて語り始めた。
「教会には、ある伝承が残されている。人が不完全であり、また神の子であるということを証明する伝承が――」
信者達は黙ったまま、しかし静かなる期待を滲ませた。
「遙か古の時代、この世界に生きる全ての生き物――生命は繋がり合い、一つの王国を作っていた。
その王国は調和と秩序に守られ、全てなる種が永劫なる均衡を約束されていた。
しかし――ッ! その王国の秩序を壊すように、ある一体の生命が動き出した。その生命……蜥蜴の王は傲慢にも、自身が神さえも超越したと傲り、神への叛逆を企てたのだ。
多くの生命は蜥蜴の王の甘言に惑わされ、また怯えから、争いを始めることとなったのだ」
一度言葉を止めると、法王は空を仰ぐようにして、続けた。
「結果は見えていた。神の圧倒的な力の前に、生命達は為す術もなく滅ぼされ、王国もまた裁きの末に朽ち果てた。
その裁きによって、生命は一つの呪詛を刻まれることになった。それこそが、共通する認識を欠如するというものだ。
生命達は自然とばらばらに散っていき、生き残った個体は詛いによって次々と滅びていった。エルフや、吸血鬼……そしてドワーフのように。
……人間が生まれたのは、そんな時代だった。裁きによって生じた焦土の中から生まれ出でた新たな生命は、神の与えた祝福を一身に受け、地上を埋め尽くすまでに至ったのだ。
――だがッ! 人間の中にも、詛いは息づいているのだ! 調和を破壊し、秩序を壊すという性質を持った人間……元宰相シナヴァリアや、現統治者であるタグラム。あの者達はかつて王国を滅ぼした際と同じく、再び我らを根絶させようとしているのだ!
神は争いを許さない。我々人間は本来、生命達の犯した罪を贖う為の存在……神より直接、呪詛を刻まれていない神聖な種族なのだ!
調和を守り、秩序を保持する。我々はそれだけを考えれば良い。
己の為にと争い、これを破壊しようとする愚か者――大罪人は、我ら人間の手によって裁かなければならないのだ!」
息を荒げていた法王は次第に落ち着きを取り戻し、静かに舞台を降りた。
驚くべきことだが、この伝承は遙か古の時代、実際に起きた出来事を示唆していた。
ただ、《叛逆》とされた事件はあまりの古さ、その当時の人間の文明レベルを考えれば記録として残っているはずがない。
当時の生き残りにしたところで、あの戦いの後に人間へと懇切丁寧に教えたとは考えられない。
――いや、そもそもこの伝承には幾つかの誤りがある。
神は争いを禁じてなどおらず、生命達が壊した調和や秩序というもの自体、破壊されて然るべき停滞だったのだ。
誰もがその絶対的な停滞を打ち砕くべく戦い、それぞれが明確な意志を持ち、結果としてそれがなされたのだ。
――つまり、この伝承を伝えた何者かは、革命者を恨んでいると言うことだろうか。
もしそうだとすれば、呪詛や詛いなどという言い回しにも合点がいく。
生命達が勝ち取った、真なる神の祝福をここまで貶めるなど、それ以外に考えられない。
とはいえ、これが伝えられたのが大昔だとすれば、今に介在するようなことではないのだろう。少なくとも、伝えた人物は今の時代には生きていないのだから。
ここで最も重要なのは、教会のトップが姿を現し、タグラム降ろしにかかったということである。
光の国は、また再び大きく揺れ始めることだろう。




