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――ダストラム、地下アジトにて……。
「生きているか?」ガムラオルスは問う。
「……く、ククッ……」
全身大火傷という重傷になりながらも、彼は笑みを浮かべた。
「……これで、未来は変わった」
「未来? なんのことだ」
少し前、未来の自分が代理人として顕現していた彼だが、それを知っていた者が正しく伝えていない為に、わけの分からない話としか認識できていないようだ。
「火に包まれた町、オキビとの戦い……そして、今ここに居るお前――既に、死亡の未来は覆された」
「死亡……?」
倒れるスタンレーの姿を見ながらに、ガムラオルスは思考を巡らせた。
過去未来、そうした時間を関する物語に対しても、彼は人並み以上に造詣が深かった。
そこで、一つの推測を出したのだ。
「(こいつは本来、殺されるはずだったのか……? あのウルスという男の手によって――いや、あの男と俺によって、なのか?)」
その意味で言えば、確かに瀕死ではあるものの、まだスタンレーの死は遠い――というより、死んでいない時点で逃げ切りは果たしたとも言える。
そうした考えに耽っていた最中、スタンレーの姿は変わった。ボロ布を纏った、全身大火傷の女性の姿へと。
「スケープ?」
「これ……で、ようやく……おれは――」
気を失い、倒れた彼女を抱き上げると、ガムラオルスは歩き始めた。
異様な光景だった。
スタンレーは確かにあの場で戦い、焼き殺されそうになっていた。
そんな彼が乗り移りを解除した後、スケープもまた同様の傷を負っていた。
それは憑依などをしていると考えていた彼からすれば、そこまで驚くことではなかった。
しかし、彼女が倒れる前に発した言葉は、明らかにスタンレーとしてのものだった。
「(どういうことだ? この女が妄言を吐くことは慣れたものだが、あれは明らかにただの出鱈目ではない……明白な人格を持った発言だ)」
出鱈目とは、彼女が時折口調を変えたり、場に沿わない適当な発言をしたりすることを指していた。
確かに、それと比べるとこの発言には一貫性があり、スタンレーという人物が発した言葉として違和感のないものとなっている。
「(それにしても、あの男に姿を見せた以上――もう、後戻りはできないな。師匠も……ミネアも、裏切ることになったか)」
ほんの僅かだが、彼は罪悪感を覚え、感傷に浸っていた。
生まれ故郷を捨て、育ち故郷とも言える火の国を裏切り……残ったのは、付け焼き刃や思いつきのように加入した盗賊ギルドだけ。
その理由と言っても過言ではないスケープ、そしてスタンレーは今や死に体だ。
「――いや、今はそんなことを考えている場合ではない。早く、スケープの治療を行わなければ」
迷いながらも、彼は肝心要の部分は違えなかった。
今この場で最重要なのは、彼女の命を繋ぐことである。殺害を躱すことはできたが、このまま放置すればそう遠くない内に死が訪れることになる。
明確な恋愛感情ではないにしろ、彼からすればスケープは死んでも構わない有象無象ではなく、確かな一人の女性なのだ。
「(俺も甘くなったな……それとも、大人になったということか?)」
成人してもなお、彼はまだ道半ばだった。未だに、自分が何者で、どこに向かっているのかも理解できていない。
それでも、とりあえず何をすべきかということだけは把握している、という状況だった。
――だが、人とは往々にしてそういうものではないだろうか。




