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戦いが終わり、姿を現した善大王とフィアを見て、ウルスは呆れたように肩を竦めた。
「……見てたなら、手を貸せよ。善大王様」
「善大王様なんてよそよそしいな――ただ、俺が手を出してどうなる問題でもなかっただろ」
二人は直接の面識を持たないはずだが、どこか馴れ馴れしい態度で接していた。
それは一種の癖なのだろう。冒険者とは他の冒険者と接触する際、多くはこのような態度になる。
二つ名を持っている者であれば、それを名として使い、話すのだ。
ウルスの方は彼が冒険者だという認識がないのだが、その慣れ親しんだ話し方につられてしまったのだろう。
「そっちの巫女さんだったら打ち抜けたんじゃないか?」
フィアは自分に視線が向けられると気付くと、急いでかぶりを振った。
「テ、ティアの恋人だから……そう言うのはやりたくないの」
この場でその判断はどうなのだろうか、と大人二人は感じていた。ただ、フィアからするとそれは重要な問題だった。
「あいつがまさか盗賊側につくとはな。知っていたのか?」ウルスは問う。
「まさか。俺達はあいつのお守りより、盗賊ギルドを潰す方を優先しているんだ。一々動向を探ったりしてないぞ」
「……そうか」
深くは追求できず、切断者は会話を止めた。
「(でも、ガムラオルスさんが盗賊になったのって、ライトが脅したからだよね)」
「(発破をかけてやったつもりなんだがなぁ……ま、若くても年でも、マズイと思った時に限ってろくでもない選択をするものだ)」
全く反省していないような口ぶり――話してはいないのだが――の善大王に、フィアは呆れた様子を見せた。
「(分かってたなら止めてあげればよかったのに)」
「(……そうでもないさ。フィア、ガムラオルスの魔力は探れるか?)」
少し考えた後、フィアは目を大きく見開き「あっ、そっか! ガムラオルスさんを追えばアジトが分かるってことだね!」と大きな声を出した。
「おい」
「なーるほど、善大王様は俺と《風の太陽》を餌に使ったわけだな」
「あはは、それは誤解というものだよ。私は善大王だよ、善の規範たる私がそのような真似をするなどと――」
「貴族相手に頭下げて、貴族のご機嫌取りをして、挙句に貴族達に推挙される形で最高位に到達した奴が何を言う」
「……ん? お前、もしかして俺を知っているのか?」
「どういう――ん……確かに、別の誰かと勘違いしていたらしい」
記憶としては確かなものだった。
事実、冒険者時代の善大王は貴族に媚びを売り、脅威の速度で《虹へとの到達者》となったのだ。
だが、ウルスの中に存在していた《虹の到達者》は今の彼とは合致していなかった。
――いや、むしろ当時に善大王を意識していた彼だからこそ、違和感に気付いてしまったのだろう。
「(ライト、もしかして今のって)」
「(俺のことだな。ただ……どうにも、善大王になった後の俺と、その以前の俺との乖離が激しくなっているらしい)」
時を追う毎に――彼が《皇》に近づく毎に、彼の過去は上書きされていく。それは他者に及ぼしうる干渉に留まらず、当人の記憶さえも歪ませている。
既に、彼は冒険者以前の記憶を有していないのだ。自身で辿ろうとしても、どこの生まれだったのか、誰の子だったのかも分からないという段階だ。
完全に過去が上書きされた時、彼は真に《善大王》となり、名の通りの人間として確立される。
《皇》の身内が現れないことも、それが明らかにならないことも、全てはこれが原因である。
「(ライト、でも私は覚えているよ。絶対、どんなことがあっても、ライトの――善大王になる前のライトを忘れないよ)」
「(そうしてくれるとありがたい。皆が俺を忘れるだけではなく、俺自身も俺を忘れてしまいそうだ)」
自分が消えてしまうという認識を得ながらも、彼は僅かな恐怖を滲ませる程度で、判断を違えはしなかった。
「話を戻そう。正直、お前達を利用したところで、それに問題はあるまい。むしろ、俺は皇としては凄く寛容な態度で接したつもりだが」
「……俺に仇討ちの機会を与えたつもりか」
「そのつもりだが」
善大王はほんの少しの謙遜も遠慮もなく、ただ実直に事実を答えた。
「その上、あのガムラオルスに対しても寛大な処置を行った。あいつが罪から逃れうるだけの手段も教えてやった――無論、奴がどういった手を取ろうとも、俺には何の影響もなかったが」
無難に軍資金を返却してくるようであれば、彼を国に戻すように提案したことだろう。それだけの真面目さであれば、戻したところで問題は起こさない。
順当に盗賊ギルド壊滅方針へ戻れば、善大王が問題を解決することで、彼を復帰させることも可能となる。
最悪の状況の盗賊ギルドへの加入にしても、全くの情報なしの状態と比べれば、彼自身が一種の目印に変わる。敵に戦力増強を許すことになるが、フィアを擁する彼にしては大した問題ではない。
相手が何をしようとも、結局のところは彼の利に転がり込む行動となる。シナヴァリアと同じようなやり方をしている辺り、二人の相性がいいのも当然のことなのかもしれない。




