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「……やはり、摂理には逆らえないか」
スタンレーの指先はウルスの喉に当たっていた。
「これで終わ――」
言い切ろうとした刹那、スタンレーの体は真っ赤に発火した。
「俺はあの場で、ストラウブを消すべきだった。そうすれば、お前は自分で世界を歩くしかなくなっていた。そうなれば、きっと多くのことを知ることができた――俺の甘さが、ここまで歪みを広げてしまった」
オキビの首には僅かにも傷がなく、それとは対照的なスタンレーは肉体が焼き焦げる激痛に襲われ、地べたに這いずりながら救いを求めるように片手を伸ばした。
彼はスタンレーが超人的な予知を使わなくなる瞬間を待ち、その一瞬に奇襲を仕掛けたのだ。
近接状態にあれば、動作など必要がなかったのだ。司書が自らの手で彼を触った瞬間、その点を噴射部として炎を逆流させた。
先を見ていない状態のスタンレーからすれば、この刹那の返しに対応する手段はなく、体内を巡る導力路を焼き焦がしていく炎を消す術もなかった。
「もし、あの時にお前が俺の提案を呑んでいれば、俺は見逃していた。自分の撒いた種だ。それを消し去るにしても、それを正すにしても、その責任は負う気だった」
「ぁ……が……」
もはや勝負あったか、と誰もが思った。
ウルスは最初から、勝つべくして戦い、そして勝ったのだ。幾度も許そうとし、殺せる機会を先延ばしにし続けながらも、やはり勝利した。
「お前を欠けば、盗賊ギルドは自然に瓦解する。無論、今度は本物のストラウブを呼び、ケジメは付けてもらう――」
勝利を確信していたウルスは、それに気付いていなかった。
魔力も放出することなく家々の屋根を飛び越え、自身を射程範囲に入れるほどに接近してきていた者に。
「躱せ!」
「!?」
どこからともなく聞こえてきた叫びにより、彼は咄嗟の回避行動を間に合わせた。
直上から降り注いだた緑色の光は、油断した人間を殺しうる出力だった。
瞬時に刺客へと斬撃を放とうとしたが、光の発射点には既に誰もいなかった。
凄まじい轟音を立て、人智を越えた機動力を発揮した神器は、主を燃えさかる男のもとへと運んだ。
スタンレーの助っ人かと思われたが、ウルスはどこかで油断を残していた。
炎はそれ自体がエネルギーを発生させる力であり、使用者が消そうとしない限り消すことはできない。発火直後ならともかく、ここまで燃えさかってしまえば、なおのことである。
だが、その場に現れた焦げ茶色のローブに身を包んだ男は、両肩より緑光を放ち、盗賊の体に直撃させた。
「(……こっちの味方か)」
あり得ないことだった。しかし、そう感じざるをえなかった。
なにせ、その攻撃方法は他でもなく、ガムラオルスのものだったのだ。
気持ちを切り替え、盗賊ギルド壊滅の方向に動き出した、と考えてもおかしくはなかった。
しかし、彼の攻撃によって、スタンレーの身を包んでいた炎は消し去られた。
それを確認した瞬間、ガムラオルスは脱力しきった司書の体を抱きかかえると、そのまま空へと逃げていった。
切断者の攻撃範囲を離脱するのに、瞬き一回をする時間もなかった。
「あれが《風の太陽》の機動力か……」
「取り逃がしたな、《紅蓮の切断者》」




