焼き尽くす者
――ダストラム、宿屋付近にて……。
「ライト!」
「……分かっている」
天光の二人はすぐに顔を見合わせた。
未だに町は普段通りの日常を謳歌しているが、二人はその非日常に気付いていた。
「にしても、町の中でドンパチかよ」
「もう一人は、スタンレーって人かも」
「……となると、俺達も向かった方がいいな」
善大王はフィアの案内のもと、全く無駄のないルートで人混みを進んでいく。
先へ先へと進みゆく毎に、人気は減っていく。戦いを始めた男がそうした事情に詳しいことを、彼は悟った。
そしてまさに戦いの渦中という場所に近づいた時、善大王はフィアを制した。
「ライ――」
「声を抑えろ。様子を見てから突入する」と小声。
これにはフィアも同意したらしく、両手で口を押さえてから頷いた。
壁に背を当て、戦場の様子を見た瞬間、彼は目を細めた。
「あれは《紅蓮の切断者》だな」
「最初に頼んだって人?」
「だな」
その戦いは、あまりにも壮絶だった。
燃え上がる炎は丈夫な石造りの家を焼き払い、火の手は町の方へと伸びていこうとしている。
まさに、周囲一帯が大火事という状態なのだが、スタンレーもウルスも全く気にせず戦いを続けていた。
「ライト、これ危なくないかな」
「うーむ……大火事になったら消してくれ。たぶん、切断者も町を焦土に変えるつもりはないだろうしな」
既に大火事ではあるのだが、これはフィアが消しきれる限界量、という意味で発せられていた。
善大王からすれば、町全体を無視して戦うなどという行為を切断者がするわけがない、という確信があったのだ。
両者に面識はなくとも、彼の行った魔物討伐の件、そこに関与していた貴族との問題などは善大王の知るところである。
だが、彼は判断を違えていた。今のウルスは能力の制限を外し、町を焼き尽くしてでもスタンレーを消し去ろうとしていた。
「殺し損ねたのを後悔しているか?」スタンレーは問う。
「……」
何も答えず、ウルスは炎の斬撃を放つが、司書はそれを何事もなかったかのように避けてみせる。
「何故、おれを身内に引き込もうとした」
「……お前は、先々代の天の巫女を知っているのか?」
「さて、どうだろうな」
なんともすっきりしない会話の内容だった。
だが、そんな様に何かを感じ取ったのか、切断者は攻撃の手を止めることもなく言葉を投げる。
「お前には、別の生き方があったかもしれない……そう思っただけだ」
「別の生き方だと? おれは自ら選び、この道を進んできた。それは今も変わらない」
「選んだ……か。お前に、別の生き方があったのか?」
スタンレーの表情が僅かに曇るが、寄せ来る斬撃はきっちり見切っていた。
「……いくらでもあった」
「《盟友》として生きていく道か」
「それ以外にも多くの道はあった。だが、それは切り捨てて構わない道だった」
「お前が盗賊として生きていこうとしたから、そう見えただけだ。お前はただ、将来の可能性を全て、利用するだけの道具と考えた。違うか」
防戦一方だったスタンレーは憤りを滲ませ、急接近した。斬撃が頬を掠ることはあったが、青い導力が傷口から湧き出し、速やかに炎を消し去る。
「貴様に何が分かる」
鋭い赤色の導力刃がウルスの首筋に突きつけられた。彼の両手はだらんと垂れており、炎の刃を放つ動作の前に斬られることは、明白だった。
「拾われた、というのは事実なんだろ? ……俺も同じなんだよ」
いつでも殺せる状況にありながらも、司書は奪命に移らなかった。
「俺はかつて、砂漠に捨てられていた。親が誰かも知らない。拾ってくれたのは――天の太陽と名乗っていた、軍人だった」
ウルスは思い返すように、過去の情景を思い浮かべていた。
「命を救われた恩に報いるように、俺は師匠に教えを請い、そして軍に所属した。ただ助けになりたい一心で――お前も、それと同じなんだろ」
その関係は、どこかティアとエルズのそれを思わせた。もちろん、両者の年齢や関係性は違うが、彼が彼女の気持ちを理解できていたのは、そうした自身の過去と重なる部分があったのだろう。
それはスタンレーにしても同じことだった。
「黙れ!」
「ガキだった頃のお前を見た時、俺は巫女様を思い出した。そして、あれから何年も、十何年も経ち……俺が過去の自分と重ねていたことに気付いた」
革命者の生存、それはある意味、言い訳でしかなかった。
人間は過去に触れることはできないが、現実において、過去を変えることができる。
救えなかった過去の誰か、救いたかった過去の自分、救うべきでなかった過去の人間、そうした者を現在で重ねることで精算するのだ。
そこに明確な意味はないが、そうした行為によって過去を振り切る。合理から外れた不合理の、人間らしい代償行為だった。
ウルスもまた、幼きスタンレーと過去の自分を重ね、慕った人との別れをなかったことにしたかったのだろう。
「だがな、俺は気付いた。道なんてのはいくらでもある。一つのものに固執し続け、恩義の為と己が一生を捧げるなんてのは馬鹿らしいことだ」
スタンレーは怒りの感情を露わにし、オキビの首を刎ねようとした。




