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ストラウブは顔を歪め、切断者の目を見た。
「気付いていたか」
「どれだけ時間が経っていようとも、あの小物がここまで立ち回れるとは思えない。それに――盗賊の旗印をみすみす死なせるとは思えなかった」
ウルスは知っていた。当時、宰相の火打ち石と恐れられていた時、彼は宰相ノーブルから次期宰相としての知識を叩き込まれていた。
所謂、二番手としての立ち回りだ。長を支える者は必然的に、卓越した知識、能力を有していなければならない。
その上、どのような状況になってでも主を守るように動く必要がある、とも学んでいた。
自分の力で盗賊ギルドを支配せず、ストラウブという小物を長に担ぎ上げた時点で、彼が同様の性質を持っていると彼は察していたのだ。
「罠を張ったつもりか」
「いや、お前が来るという前提で話を進めている。現に、相棒は置いてきた」
「……ならば、おれの意図も分かっているだろう?」
「直々に来たということは、俺を始末に来たってことか」
ストラウブの姿をしたスタンレーは静かに頷いた。
「俺の提案を呑むつもりはないのか? 最初に言ったが、盗賊ギルドを潰すべく動き出した者が多すぎる。これはおそらく、歴史が消しに来たということだ――この運命から逃れることはできない」
革命者が世界を変革することも運命。また、それによって旧来のものが消し去られるのも運命である。
それまでは平行線上を進んでいた盗賊ギルドが、革命者と同様の資質を持つスタンレーにより、大きな変化を遂げた。
だが、そうした革新の歪みを正すべく、力を握った人間が動き出した。至極当然にして、絶対不可避の――絶滅の摂理だった。
「こうなることは以前から分かっていた。だからこそ、おれは組織や革命者と手を結んだ――貴様の言う運命を覆す為」
彼は可能性の世界を幾度として飛び回り、自身の望む未来を掴み続けてきた。
だからこそ、運命が絶対なる支配力を持っていないことを、確信していたのだ。
「大筋は変えられない。だが、その物語の一部を書き換えることは可能だ。おれはその一部分だけを変えられればいい」
「それが、俺との交渉とは思わないのか」
「前にも言ったな。大きな流れが存在していると――お前達、旧時代の怪物達を消し去れば、盗賊ギルドの存続は確定する」
旧時代の怪物、それは国家や《選ばれし三柱》といった、旧時代の秩序を守る者達だった。
組織の方針が、国家の枠組みを外すことであることはウルスも理解していた。
「(冒険者ギルドが警察機構だとすると、盗賊は八百長の犯罪集団ってことか。自然発生する悪人を寄せ、管理する組織に利用するのであれば、確かに存続するか)」
盗賊ギルドが今こうして存続していられるのは、祖を火の国と同じにするから――であると同時に、自然的に発生する犯罪者が集う場所であるから、という面が大きい。
謂わば、ギルドを叩き潰したところで、そのうち近い組織が勝手に発足することになる。だからこそ、今までは本気で潰そうとする動きはなかった。
だが、本質的に盗賊ギルドの存続が許されているわけではない。常に大国達が首を掴んでいるも同然の、不安定な状況だった。
もし、スタンレーの言うとおりに事が進めば、この情勢は変化する。盗賊ギルドは潰したくても潰せない組織となり、確固たる地位を得るのだ。
現状維持を提案するウルスのものより、自己で勝ち取る生存を選ぶというのは決しておかしくはなかった。
「こっちはこっちなりに、妥協案を出してやったんだがな。人付き合いっていうのはお互いの妥協が大事だ――乗るのが常識だと思うぞ」
「そのくだらない常識に付き合うほど、おれは弱くはない」
その言葉を聞き、切断者は笑みをこぼした。
「(これだから力を持った奴は……やはり、俺は《選ばれし三柱》だな)」
力を持ちながらも、生きづらい今の秩序を守り続けた天の太陽。
力を持ったからこそ、望むままに秩序を破壊していった天の月。
かつて、手を触れることも叶わなかった舞台に、彼は立っていたのだ。
師と同じく、秩序を守る側の人間として、秩序の破壊者と対峙するという舞台に。
「なら、予定通りに進めるとするか――だが、俺は冒険者として戦うつもりはねぇぞ。ケジメだ、焦土師のオキビとして、相手をしてやる」




