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急いで城下に向かった二人だったが、その状況は凄惨だった。
最高峰とも謳われる天属性の術者達は、ほとんどが戦闘不能に陥っており、立っているのは数えられる限りの者と――ビフレスト王子、天の太陽の二人だけだった。
この時代では力強さを感じさせる顔つきをし、色褪せていない金色の髪を有した王子だったが、天の月との戦いでは明らかな疲れを見せていた。
唯一、息を切らしていないのがウルス少年の師匠にして、二課最強と謳われた天の太陽だけである。
明るい茶色の髪をし、実力に沿わない優しげな――それであって余裕を持った男なのだが、さすがにこの状況では日頃の余裕はない。
「王族がその程度かァ?」
「黙れ、裏切り者が!」
「ハッハァ! 裏切りを許した先代ビフレスト王を無能と言うつもりかよォ!」
「先代? お前はなんのことを――」
「喜べ、あのオイボレはオレ様がブッ殺してやった。今日からはお前がビフレスト王だ」
この瞬間よりビフレスト王となった王子は、怒りに身を任せて近接戦に移行しようとした。
無論、彼は術者である為、近接戦力はひどく低い。だが、若い時代の彼は直情的で、冷静な判断より感情を優先する男だった。
「王子、挑発に乗っては思うつぼですよ」天の太陽は言う。
「太陽、お前は黙っていろ! これは俺とあいつの問題だ」
「……いえ、彼と天の国の問題です」
そう言われた瞬間、彼は少なからず王としての自覚を持ったのか、ゆっくりと瞬きをした。
「――ああ、今だけは手を貸してやる」
師匠とそのライバル、二人が共闘をするなど、ウルスは見たことがなかった。
天の国が誇る二大術者の連携ともなれば、さしもの一課隊長とはいえ、容易ではないだろう。
「(あの二人が手を組んだなら……勝てる!)」
希望が身を満たした瞬間、驚愕の光景に少年は言葉を失った。
今まさに手を結んだはずのビフレスト王は、何一つ抵抗する間もなく地に臥した。生命は維持されているが、戦闘続行が不能なほどに魔力が弱まっている。
「……!」
「悪ィが、そっちの王様には興味がねぇんだよ。それになァ……オレ様の目当てはこのメスガキ一人、テメェらに付き合ってやる義理もねぇしなァ」
今何が起きたのか、ウルス少年は全く理解できなかった。
天の太陽については王が倒されたことを驚いているといった様子であり、何が行われたのかは認知しているようだ。
「(今のは師匠の技に似ている……でも、何か違った)」
彼は時間を制御する《天の太陽》の弟子である。だからこそ、ある程度は時間操作系の能力への対応力を有していた。
だが、今の攻撃はそうした干渉が行われたようには見えなかった。むしろ、それが行われていれば彼の師が攻撃を防いでいたことだろう。
「兄さん!」天の巫女は叫ぶ。
「さァて、これで人質は二つだ。あの王様を殺されたくなきゃ、大人しくオレ様に付いてこい。そして二課連中……このメスガキをブッ殺されたくねぇなら、そこで黙って見てるんだなァ」
この時点で、完全に詰みが確定した。
天の巫女であれば、この状況を覆すことは十分に可能だっただろう。
しかし、彼女は《選ばれし三柱》の規範とも言える存在、まさに土壇場という状況まで能力の使用を制限していた。
それが外れる可能性があるとすれば、対となる《天の太陽》が止めきれないと判断した時――つまり、今だった。
だが、兄の命が天秤に乗せられたともなれば、彼女も手を出すことはできない。いくら最強の《選ばれし三柱》とはいえ、彼女は一人の人間でしかないのだ。
手を出し倦ねる隊員の様子を見て、天の月は高笑いをあげた。そして、口笛を吹いた。
途端に、巨躯の黒馬がその場に現れ、主の顔を一瞥した。
「ハハハハッ! これで天の巫女はもらった――テメェらはその王様を後生大事に扱うことだなァ! もしかしたら、また天の巫女を造るかも知れねぇからなァ」
走り去る一課隊長を追える者はおらず、皆は何一つ手を出すこともできないまま、ただ無力さに打ちひしがれた。




