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「さァて、じゃあとっとと行くとするか」
「ま、待て!」
「あン?」
姿を現したウルスを見て、天の月は口許を緩めた後、大きな声で高笑いを上げた。
「アッハッハァ! 天の太陽のガキ弟子がなンの用だァ? あのクソ真面目なカスを見限って、オレに付きたくなったのかァ?」
彼はウルスが自身と同じ資質を持つ人間だと見切っており、以前から配下になれと誘っていた。
平時に断り続けられたにもかかわらず、この場でさえ呑気に勧誘を行う辺り、本気で誘っている線はあるのだろう。
だが、ウルス少年は迷わなかった。
「巫女様を放せ!」
「ハハーン? まさかな、お前はこのメスガキの王子様にでもなるつもりかァ? そンなクッソくだらねェことの為に、この最強のオレ様にブッ殺されてェってことかァ? あァ!?」
乱暴で傲慢な言葉、それを虚栄だと感じさせない威圧感と音圧に、ウルスは竦み上がった。
「ウルス、逃げて!」
「み、巫女様……大丈夫です! お、お前に勝てるとは思わないけど、せめて師匠が来るまでの時間くらいは稼いで見せる!」
「師匠? ハハ、師匠か。そいつァ来てくれりゃいいんだがなァ……にしても、このオレ様をお前とは大きく出たじゃねえか――舐めてンじゃねえぞクソガキがッ! 時間稼ぎだと? 一瞬でブッ殺してやるよ」
怯える巫女の姿を見ながらも、最年少の二課隊員は天の月の接近を察知した。
まさに驚異的な、人間の次元を超越した速度で迫り来る男を見やり、ウルスは静かに目を閉じた。
瞬間、赤色の炎が男の体から吹き上がり、動きを止めさせた。
「ど、どうした! 一瞬でブッ殺すんじゃなかったのか?」
「ほう、この距離から当ててくるか」冷静な声色で言う。
燃えさかる腕を振ってみるが、それは一切消える気配をみせなかった。
「その炎は消えない! これで終わりだ!」
「啖呵も悪くねェ――惜しいなァ、あのクソカスの弟子じゃなければ、オレが同類らしく鍛えてやったっていうのによォ……」
「この力はもしもの時に――この世界の秩序を守る時だけに使うんだ! お前と師匠は違う!」
炎上する肉体を気にするでもなく、肩を揺らしながら乾いた笑いを響かせた。
刹那、彼の体を覆い尽くしていた赤い炎は消滅し、傷一つない肌を見せつけた。
「力は力だろうがよ、もらったもんなら、それを好き勝手に使って何が悪いんだ?」
「そ、それは――」
「それによォ、秩序なんてのはザコ共が命ほしさに作ってるカスみてぇな仕組みなんだよ。オレ様達みてぇな、選ばれし者はそんなクソくだらねぇお遊びに付き合う必要なんてねェんだよ」
何も言い返せないウルスを見て、天の月は下卑た笑みを浮かべた。
「テメェの態度は気にくわねぇが、力はそこそこ使える。オレ様の道具として生きていくなら、殺さねぇでやるが」
「……」
「ウルスくん、彼のような悪者の戯言に耳を貸すことはありませんよ」
背後から聞こえてきた、親しげで優しい声を耳にした瞬間、ウルスは正面の敵を忘れて振り返った。
「ずいぶんお早い到着じゃねえか。マジメ君にしちゃあ、夜更かしがすぎンじゃねえか?」
「いえ、きっちり眠ってから来ましたので御安心を」
「バ、バリオンさん!」
その後、天の国最高峰の術者として《天導師》の称号を得ることになり――そして、クオークの祖父となる術者、バリオンだった。




