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――二十八年前……天の国、ビフレストにて。
夜も更け、皆が寝静まる時間に、それは発生した。
真夜中のビフレスト城内から橙色の閃光が迸り、軍に属する者達は一斉に目を覚ました。
この時代、まだ子供だったウルスは魔導二課に所属する歴とした軍人だった。そして、彼は二課のエースである《天の太陽》の保護下に収まっていた為、城内に部屋を有していた。
「師匠は? 今の音は!?」
一人きりの部屋の中、少年は寝室を飛び出し、魔力の強い方向に向かって走り出した。
そこは謁見の間に繋がる長い廊下であり、城内を把握しているウルスは多くの軍人達よりも早く到着することになった。
そこで彼が見たのは、壮絶な光景だった。
「ハッ、オイボレがオレ様とやろうってのが甘えんだよ」
「ぐっ……娘を、連れていかせるわけには……行かな――」
「るせぇよ、クソジジイ」
白髭を長く伸ばした、隠者の如き風貌の先代ビフレスト王は、急接近してきた黒髪の男を睨み付けた。
無抵抗のまま殺されるかに思われたが、王は《魔導式》を展開するまでもなく、術を発動させた――フィアが得意とする天ノ十九番・空線だ。
「(すごい……っ! 《魔導式》をなしに……世界に発動命令を出したんだ)」
術の発動ロジックは《魔導式》という命令文によって、発生しうる現象を意図的に引き寄せるところにある。
だが、これは世界の声を聞けない人間が使う技術でしかない。世界と繋がる技術を獲得するに至るほどの、圧倒的な練度にまで高めれば、その命令文は不要となる。
――この技術を完全な形で行使することを、俗にエルフの技法と言う。
「それが何十年と手間暇かけて磨き上げた技術ってかァ? ただよォ、そんなのはエルフの猿真似でしかねぇんだよ」
放たれた鋭い光線を腕の一本で叩き落としながらも、僅かに焦げ目が付くだけに留めた男は、そのままの勢いで迫り――王の心臓を手刀突きによって貫いた。
凄まじい実力を有していた王が、あっけなく敗れる様を見て、ウルス少年は腰を抜かした。
曲がり角から隠れて見ていたこともあり、気付かれないように魔力を極限まで抑え、口を両手で押さえ……黒髪の男に殺されないようにと震えながらに対策を打った。
「お、お父様っ!」
「つうわけだ、さっさとついてこいよ――メスガキ」
聞こえてきた二つの声を聞き、ウルスはあの場に居る人間を把握した。
今まさに王を殺したのは、魔導一課の隊長を務める《天の月》という男だった。
素行最悪で、圧倒的な力を振りかざし、同じ国の民でさえ見下すという不良集団の長であった。
対外的な軍の役割を強く有した一課はもとより、多少は粗野な面もあったが、それがここまで極端になったのは彼が最大の原因であった。
謂わば、こんな大それた真似をしてもおかしくない相手だったのだ。
しかし、もう一人の声は違う。王を父と呼ぶ少女の声は、他でもないこの国の姫にして、ウルスと同じく《選ばれし三柱》である《天の巫女》だった。
ウルス少年は震える体の、収まることのない震えを無理矢理に押さえつけ、ゆっくりと立ち上がった。
「(今この場で巫女様を守れるのは……ぼくだけだ)」




