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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
959/1603

8C

 ――光の国、東部前線、幕営(ばくえい)内にて……。


 椅子に腰掛け、机に向かい合うシナヴァリアを見て、ダーインは鼻で笑って見せた。


「またにらめっこですか」

「……何の用事だ」

「冷たい言い方ですね、宰相。……首都で起きた魔物変異の件、耳に入っていますか?」


 冷血宰相はゆっくりと書類から視線を離し、振り返った。


「無論だ」

「それで、あなたの見解は」

「これでようやく魔物化した動物の正体が明らかになった、ということか」

「あの霧……まさか、魔物の因子が含まれているとは思いませんでしたね」

「本気で言っているのか?」

「……正直言えば、本気です。彼らは光属性を最も苦手とし、自身等が有利な環境を作り出す為、緩衝の霧を撒いていたのかと考えていましたよ――大昔の吸血鬼、いえ……《霧の魔王》のように」

「何の話だ」

「話が逸れましたね。本題ですが……宰相の意見はそこまで、ですか?」


 シナヴァリアはダーインの意図を読み、そして立ち上がった。


「魔物には知性がある、とは以前から分かっていたことだ。しかし、今回の事件……いや、寄生種の事件からも見て取れるが、奴らには感情がある――というより、感情を理解する能力がある」

「やはり、そこに目が向きましたか」


 両者は距離を寄せながら、言葉を交わしていく。


「最初のやり方、寄生種の件はライトロード人に最も有効な策だった。次なる魔物変異については、母親の心理を利用した策だった。そして、両者に共通するのが光属性耐性を付加させたというところ……精神攻撃を行いながら、合理的に最適な進化を模索しているように見える」

「それについては私も同感です。ですが、その知性……というより、文明力は戦場で戦う魔物からは感じません」

「首都の事件と実際の魔物に相違がある。だとすれば」

「闇の国が糸を引いているのか、それとも魔物は一枚岩ではない、ということですね」

「そうだ。我々はそれを調べるべきだ……最前線で戦う者として」


 二人の中で今後の方針が固まったらしく、互いに頷きあった。


 やるべき事がわかったからか、シナヴァリアは机に戻ると、ベルを鳴らした。

 すると、瞬く間に学生兵が二人ほど現れ、敬礼を取った。


「お呼びでしょうか、宰相」

「緊急の作戦会議を開く。指揮官級を集めろ」

「ハッ、ただちに」


 二人は無駄な質問をせず、すぐさま幕営を出て行った。


「……宰相、ですか」ダーインはからかう様に言った。

「ダーインが(しきり)りにそう呼ぶからだ」


 宰相は呆れるように返すと、会議用の幕営に向かって歩き出した。もちろん、ダーインはそんな彼の後に続く。


 二人が到着してから、しばらく待つと点々と指揮官達が集まってきた。

 総勢十数名といったところだが、ほとんどが名のある貴族である。それもそのはずで、指揮官の大半は遠征や戦闘指揮に駆り出されているのだ。

 故に、残っているのは上級指揮官級に限られてくる。それを分かって、シナヴァリアはすぐに用意ができると判断したのだ。


「皆、首都で起こった事件については聞き及んでいることだろう。よって、我々は魔物の生態を探るべく、これまでとは違った戦術に移行する。異議はないな」


 単刀直入にして、言葉足らずな強制的命令が下された。会議と銘を打ちながらも、彼からすればただの報告にすぎないのだ。


「詳しい説明は私から。まず、首都で発生した二件の事件から鑑みるに、魔物は高度な知性、及び感情を有していることが分かる。ですが、戦場で見られる魔物にその傾向は乏しい。むしろ、実直に作戦命令を聞く兵隊のようではありませんか」

「ふむ、確かに」

「別の存在が裏に居ると?」

「それを調べる、というのが此度(こたび)の作戦。具体的には、彼らが我々の性質――仲間を大事に思っているということを理解しているのか、それを調べるということです」


 指揮官達は納得したように頷いた。

 しかし、一人だけは不服と言ったような様子で、挙手をした。ダーイン、及びシナヴァリアはそれを許した。


「飽くまでも魔物側が感情を有していると?」

「……それを確かめる為の作戦、ということになる。もし、彼らに兆候が見られなければ、我々のうかがい知れぬ場所に第三の勢力が存在することになる」

「なるほど、続けてくれたまえ」


 不満はなくなり、大貴族は続ける。


「具体的な策として、霧の発生以降、重傷から復帰した者を(オトリ)に使う」


 これには全員、黙っていられなかったらしく、席を立つ者が何人か出た。


「それはどういう……正気か?」

「首都からの報告を聞く限り、傷の再生が早くなっている者は魔物との融合が進んでいる者、ということになる。その者らが戦場で魔物に変異した際のことを考えるならば、適切なことかと」

「生命への冒涜だ! それに、回復する方法も――」

「誇り高き騎士としての使命を果たさせ、人間として名誉の死を与えてやることの方が、救えない彼らへの手向(たむ)けになるかと」


 名誉の死、誇り高き騎士という単語が彼らの判断を鈍らせた。

 いや、彼らはとても正気で、とても冴えていた。

 戦場での戦いがライトロード人らしさを奪っていくのは以前も述べたが、彼らもその例外ではない。


 僅かな油断が命を奪うという状況、神の奇跡などありはしないリアルによって、彼らは現実的な視点を獲得し始めていた。

 戦場での魔物への変異がもたらす影響が如何ほどかを考えれば、彼らとて安易に撥ね除けられなくなる。

 そこに来て、最適な死に場所を用意したとも言われれば、飛びつかない話はないのだ。


「……仕方あるまい、か」

「魔物の生態が分かれば、今後の犠牲が減らせられるやもしれない」


 彼らは次々と納得していき、作戦決行は確固たるものとなりだした。


 本来であれば一蹴されてもおかしくない作戦だったが、ダーインは人の心理の隙、そして信頼によってこれを勝ち取った。

 もし、シナヴァリアが作戦の説明をしていたならば、きっと非難囂々の末に強制決定による不平不満を生むことになっただろう。


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