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――光の国、ライトロード城、医療部門にて……。
「巫女様、どうでしたか」白衣の男は問う。
「うん。みんな良い感じみたいだよ」
「それはよかった。……犠牲になった子達も、きっとあちらの世界で喜んでいるはずです」
犠牲になった子、というのは魔物に変異した赤子達だった。
彼らは捕獲された後、検査に回された。それによって、魔物化の変異についての知識が大幅に供給された。
差し当たって、アルマの対策が有効であることが証明された。
「巫女様、こちらが具体的な調査結果です。ここまで調べ尽くすことができました」
「えっと……うん、ありがと」
彼女は最低限度の知識を有しているが、事細かで専門的な――というより、小難しい――言い回しは得意ではなかった。
「まず、あの霧の正体ですが、魔物の細胞的因子が含まれていることが分かりました。これによって、変異が行われていたわけですね」
「あまり吸わない方がいいってことだよね」
「いえ、そうとも言えません。この細胞的因子がもたらす融合は、細胞分裂の度に融合率を高めていくようです。健常者であればほぼ無視できる数値な上、負傷した者でさえ全身に渡る重傷でも数回は必要となります……軽傷であれば百回ほどでしょうか」
「だから赤ちゃんは危ないってことだね」
「はい。赤ん坊の分裂回数は比較にならない上、光属性による融合率上昇の緩和も行われません。おそらく、魔物は初めから胎児を変異させることを狙っていたのでしょう」
人間の屍が魔物と化す寄生種と比べ、こちらは相当に厄介である。
なにせ、生まれてくるのは正真正銘の子供であり、生きた人間なのだ。変異したといっても、腹を痛めて産んだ赤子であれば安易に殺すことはできない。
むしろ、母親が守るということもあるだろう。事実、それによって騎士の一人が殺されている。
「……しかし、これだとまるで、魔物が我々のことを知り尽くしているとしか思えないんですよね」
「頭がいいってこと?」
「ええ、それも頭がいいだけではなく、人の心まで理解するような柔軟性もある……正直、疑わしいところですがね」
アルマは頷きながら、幾つかの薄い紙束に目を通した。
――高密度の光属性マナは変異部位を消滅させ、消えた部位を元の人間の細胞によって再構築させる。これこそが、巫女様の行われた治療法の仕組みであると考えられる。
属性のマナが持つ力は、密度が高ければ高いだけ、より現実離れした効力をもたらす。
完全になくなった部位を元と同じ形に作り替えるなど、並大抵の細胞活性ではない。それこそ、起こりうる現象の限界を越えた奇跡――《秘術》と同列、もしくはそれ以上の不可解現象である。
ただ、魔物の側の知識についても、相当に不可解である。
白衣の男が私見として述べた通り、ここまで高度に人の考え、思考の流れを理解しているともなると知性があるというだけでは済まない。
人間と同等か、もしくはそれ以上の知識や文化レベルが存在しなければ、理解できた上で最も有効な策を打つことなどできはしない。
人が奇跡に縋る一方で、魔物は紛れもない必然によって人間を追い詰めつつある……それに気付いている者は、まだこの首都にはいないだろう。




