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――光の国、光の門内部にて……。
その一室は無骨な石の部屋であったが、広さはほどほどに確保されていた。
そうした場所に似つかわしくもなく、無数のベッドが置かれ、そこには腹の大きさの差はあれど妊婦達が横にされていた。
アルマは妊婦達一人一人の様子を見て回り、時折、目を閉じて何かを祈っていた。
「うん、ちゃんと戻ってるよお!」
「そう、ですか。ありがとうございます」
「うん! きっと元気な赤ちゃんが生まれてくるから、頑張ってね」
妊婦が頭を下げると、アルマは次の女性のもとへと向かった。
この部屋で行われているのは、妊婦の浄化だった。
かの一件によって胎児が変異したことは、記憶に新しいだろう。そこで、アルマは対策の一環として《光の門》を利用した浄化方法を提案した。
――とはいえ、正確には悪化を防ぐことが当初の目的であり、浄化が可能というのは副次的に明らかになっただけにすぎない。
閑話休題、この《光の門》内部においても彼女らが狂気に呑まれない理由を説明すべきだろう。
これはアルマは自身の持つ因子――光の因子とされる、《光の星》としての性質を利用し、マナによる干渉を緩和しているのだ。
こう言うととても簡単な話だが、実際はかなり難しいことが行われている。
第一、《光の門》の精神侵蝕は古くに遡り、《死界への大穴》と呼ばれていた時代のものである。
故に、これを完全に防ぐことはその時代の《光の星》にも――延いては、完全なエルフの技法でさえ不可能だったのだ。
それをアルマが実行できるはずもなく、彼女はこの一室に限定し、かつ毎日自身で緩和の式を更新することで事なきを得ているのだ。
とはいえ、女性達の気が優れるはずもなく、皆は一様に暗い表情をしていた。彼女の笑顔を以てしても、このような状況は決して楽観視できないのだろう。
アルマは一通りの妊婦を診て回った後、自らの女官であるサクヤのもとに向かった。無論、彼女も妊婦の側である。
「サクヤさん、大丈夫?」
「はい。姫様、私は大丈夫です」
「うん、でもちょっとみせてね」
アルマはそう言うと、目を閉じた。
この構造物の内部である限り、彼女は世界最高峰の医師となれる。
《光の門》との接続、それによる完全な透視。体内、精神の変化に至るまで全てが見えてくるのだ。
体内の赤ん坊は薬指が蠅の手のように細くなっているが、それ以外は人間となんら変わらない構造だった。当初はもっと侵蝕部位が多かったが、ここまで減らしきったのだ。
「うん、良い感じみたいだよお」
「ありがとうございます」
「これならすぐに元気な赤ちゃんになるね」
「……こんな時代に、産むべきではないのかもしれませんね。生まれてくる赤ちゃんも、平和な時代の方が――」
「そんなこと……あるかも、だけど……そんなに暗くならなくても大丈夫だよ?」
「いえ、この子は長い間、この体と一緒なんですもの。あと少し……平和になるまで待っていて欲しいっていっても、起こらないと思います」
お腹を撫でながら、サクヤはそう言った。
そもそも、サクヤの子供はディックが死亡する以前――優に三年以上前には胎児となっていたのだ。
とはいえ、二人がまだ契りを結んでいないということ、サクヤの家が良家であることなどが原因で、かなり早い段階で封印が施されていた。
その封印を行ったのが他でもなく、アルマである。
彼女の卓越したエルフの封印により、胎児の成長を止めながらに生命活動を維持させるという状態が成立していたのだ。
その封印が解除されたのが、トニーによってディックの死が告げられてから。そこから数ヶ月の間に子供は大きくなったが、霧が発生するという間の悪さも存在していた。
結局、アルマによって再封印が施され、誕生はさらに先へと間延びすることになったのだ。
ただし、それは彼女に限った話ではない。この場の妊婦全員が封印を行われ、出産時期が大幅に遅らされていたのだ。
根本から言って、この浄化作業にはある程度の時間が必要なのだ。光属性の性質が肉体への干渉である以上、水属性のように短期的に復旧させることはできない。
だからこそ、出産時期が近い女性も、そうでない女性も成長抑制をかけられている。
その上で、光属性による浄化だけが行われるように抜け穴を作っているのだから、アルマの封印が如何に高度であるかが分かることだろう。
「じゃあ、あたしは行くね」
「はい」
全員の診断を終えると、アルマは《光の門》を後にした。




