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二人は長い、ただひたすらに長い通路を歩いていた。
「どうしてこのアジトはこうも長いんだ」
「……ある者の侵入を防ぐ為、だ。そして、それこそが貴様の役目でもある」
ガムラオルスは僅かに首を傾げた。
「どういうことだ」
「この地下アジトは本来、先代ボスであるベイジュの――いや、歴代ボスが使ってきたものだ。そして、おれが長い年月を掛け、改造したものでもある」
「……つまり、本部であることは変わっていないということか?」
「ああ。とはいえ、当時のアジトに侵入するつもりでは、この通路には入ることはできない。スケープの案内があったからこそ、貴様も入ることができた」
「幻術、か」
スタンレーは口許を緩めると「《魔技》と幻術の複合、というべきだろう。条件に合致しないものには幻術を、そして合致すれば真実が見える」と懇切丁寧に説明してみせた。
「この通路こそが本当の姿、というのも奇妙な話だ」
「安心しろ。貴様がここに立ち入るのは今日が最後……になる予定だ」
「予定だと?」
「もし、奴が攻め込んできた場合、貴様にはボスを連れてこの通路から逃げてもらう」
「奴? ボスを逃がす? ……知らない話ばかりだな」
「当然だ。他人に語るのは初めてだ。だが、未来がここまで近づいた以上、手を打たざるを得ない」
長時間歩くと、再び階段が現れた。潜るまでに要した時間と同等の時を掛け、二人はその階段を登り終えた。
蓋のような扉を開け放つと、そこはだだっ広く、何もない砂漠であった。
「……ここがアジトか?」
「まさか。貴様にはこの通路を記憶させておく必要があった。本来であればおれがボスを連れて行くべきだが、奴と渡り合えるのはおれだけだ」
「奴とは何者だ」
スタンレーは不毛の砂漠を見つめながら、冷たい視線で彼を見た。
「《焦土師》のオキビ――いまは《紅蓮の切断者》……ウルスと名乗っているようだが」
その単語が出た瞬間、ガムラオルスは唾を呑んだ。
「奴、か」
「貴様は奴を知っているのか」
「……必要最低限は、な。だが、奴と戦うなら俺が適切だ。なにせ奴は――」
「《選ばれし三柱》……だろう? そんなことは知っている。そして、奴がその特異能力者達の中でも上位にいることもな」
「俺では不足だと?」
「貴様なら万が一にも勝てる見込みがない……とは言わない。《選ばれし三柱》の戦いに絶対はない。だが、貴様の翼は逃亡に適している。奴から逃げ去る為にな」
逃亡に適した翼、という単語を聞き、ガムラオルスの顔に影が差した。
「あの通路を飛行状態で走破しきる……それが貴様に要求する、唯一のことだ」
「俺は誰かの命令を聞く気はない」
「盗賊になる為の試験、とでも考えろ。この一件をやり過ごせば、あとは貴様の勝手だ」
「……スケープはどうなる」
スケープの名が出たのを確認した瞬間、スタンレーはよりいっそう、顔を綻ばせた。
「盗賊になれば、あの女は貴様にくれてやろう」
「……スケープを物みたいに言うな」
「ならば、自由にしてやる。あいつがお前について行くかどうかは知らんが……それで構わないな?」
司書はスケープがどういった手段でガムラオルスを手籠めにしたのかを理解した。
だからこそ、彼女を餌にすることで彼を支配できると判断した。
故に「くれてやる」という言葉に偽りはなく、この戦いが突破できさえすれば円満に渡すつもりでいたのだ。
「ああ、あいつは俺に付いてくる」
「フッ、相当な自信だな。では、おれはここで去るとしよう――さらばだ」
そう言うと、スタンレーは霧に包まれながら消え、若干疲労した様子のスケープが戻ってきた。
「あれ? 終わったんですか? ……ってか、ここどこですか?」
「……あいつと話はついた。なんでも、ボスの逃亡を手引きすれば俺は盗賊の仲間入り、らしい」
「へぇ……って、まだ盗賊じゃないんですか?」
「さあな。少なくとも、奴の指揮下に入ったことは間違いないだろうよ。そして――ボスを逃がしきれば、お前は俺のものだ……スケープ」
当人は知らないだろうと、ガムラオルスは最初にスタンレーの告げた条件を述べた。
「あの人は」
「それで構わないとのことだ」
「……あの人が、それを許してくれたんですね」
スケープはそう言うと、無言で頷いた。




