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――ダストラム、遊郭通りにて……。
「ライトってそういう趣味だったの? ……私、捨てられないよね?」
割と本当に怯えていたフィアの頭に手を置き、彼は笑みを浮かべた。
「ねぇよ」
疑いようのない、本心からの否定だった。
彼らが目を付けていたのは、一つの店だった。客引きの婆の後ろに控えるのは、決して若くはない女性だった。
少女愛好家な善大王が選ぶにしては妙な相手だった為、フィアは心配になっていた。しかし、これもまた妙な話だった。
「ってか、お前に調べさせたんだろ!」
「う、うん。それは分かってるんだけど……本当に行くの?」
「まぁお仕事だしな。ささっと終わらせてくるよ――っと、フィアは婆さんの隣で待っていてくれ」
「えっ……なんで?」
「こんなところに突っ立たせてたら……フィア、身売りしていると勘違いされるぞ?」
そんなことはない、とは言えなかった。
事実、スケープも店を経由せず、直接客を引くことで、ピン撥ね――というよりもみかじめ料の徴収――を防いだのだ。
フィアは周囲を見回し、いやらしい顔をしている男達を見て、急に震えだした。
「ライト以外はやだぁ……」
「俺ならいいってことか! よし、なら終わった後するか!」
「……できればしたくないかも」
「ということだ。それにフィアは可愛いしな、注意しないと本当に危ない」
「可愛い……えへへ」
相も変わらず能天気な巫女を伴い、彼は客引きの婆に声をかけた。
「いいか?」
「はいよ……そっちの子は?」
「兄貴から預かったガキだ。婆さんの隣にでも置いておいてくれないか?」
さすがにこの提案には迷ったようだが、スッと差し出した金貨を見た瞬間、笑みを浮かべた。
「部屋に連れて行くのもなんだろ? 客引き人形か何かとでも思っておいてくれ」
「はい、はいよ」
そう言うと、彼はフィアと目を合わせ、女性に案内されるままに階段を昇っていった。
いくつかある部屋の中、一つに案内された善大王は椅子にどっしりと座り込み、料金表をちらと見た。
「手短に四半刻だ」
善大王は銀貨を二枚出した。
「では、おつりを……」
「ああ、それには及ばない。浮いた分は取っておいてくれ」
「は、はあ」
気前のいい客という雰囲気ではなく、そもそも彼からは欲求が全く放出されていなかった。
「子供がいるんだろ? 金はあった方がいいだろう」
「……っ!? どうしてそれを」
「まぁいいじゃないか。俺は時間を買った、香を焚いてくれ」
怪しいと思いながらも、四半刻で燃え尽きるであろう量の香に火を付けると、服を脱ぎ出そうとした。
「いや、その気で来たわけじゃない。あんたと話がしたい」
「……そういうのは簡便して欲しいんですが」
「現在の盗賊ギルドを知りたい」
「知らないよ」露骨に態度を悪くして言った。
「あんたは盗賊ギルドの次期ボス最有力候補とされていた男……ベイジュの女だった」
「それをどこで知ったんだい?」
「連れに調べさせた。詳しくはあんたから聞けってな」
化粧の濃い女は部屋に置かれていた鈴を鳴らした。
その鈴は振っても音は鳴らず、何の意味もないように思われた。しかし、実際は違う。
マナーのない客が訪れた場合、それに対処する為の――客引き婆に伝える為の手段が存在していたのだ。
「それ、たぶん届いていないぞ」
「!?」
「言っただろ? 連れに調べさせたって――あの子供だよ。俺の相棒が下で連絡を阻害している。導力の波を送り、それで知らせるって仕組みらしいが、天属性使いがいたら関係ないな」
彼はこうした連絡手段をおおよそ把握していた。故に、フィアを下に残し、天属性の導力を薄く放出するように頼んでいたのだ。
彼には見えないが、店先はうっすら橙色に輝き、物珍しさで男達が集まっていた。皆は彼女の可憐さがそうした錯覚を抱かせている、としか思っておらず、天属性に気付いている者は誰も居ない。
だが、それが当たり前なのだ。天属性使いがこんな場所にいるはずもなく、こんな子供がその使い手であると予想できる者はいないだろう。




