盗賊ギルド
――ダストラム、とある宿屋にて……。
ウルスは人相の悪い店主を一瞥した後、愛想良く接近した。
「よっ」
「冒険者様がなんのようだ?」
「ストラウブの居場所を教えろ」
この発言で状況を理解したらしく、素早く戦闘態勢を取った。
「やめとけ、用心棒達は相棒に潰させた。助けはこねぇよ」
頼り甲斐のなさそうなクオークだが、彼の実力は折り紙付きである。ウルスの見込みにして、十人はいるであろうという盗賊を一人で引き受けているのだ。
「ボスの話と違うな。冒険者は俺達に手を出せないはずだ……勝手に動いたとなれば、お前がどうなるか」
「心配には及ばない。俺は冒険者としては動いていない――過去の清算だ」
「なにを言って――」
刹那、店主の体は発火し、赤色の染め上げられた。
対火属性戦術をある程度は心得ているのか、床で転がって火を消そうとするが、燃焼の勢いは変わらない。
「悪いが、そいつは火じゃねぇよ、炎だ。お前の体さえ燃え尽きなければ、永遠に燃焼を続ける」
「消えない火――炎……っ! まさか、お前はッ!!」
「今回はサービスだ、この程度にしておいてやる」
ウルスが指を鳴らした瞬間、男を焼いていた炎は消え去った。
全身に火傷が広がり、まさに虫の息といった状態の盗賊を見下し、彼は屈み込んだ。
「《焦土師》が来たと伝えろ」
「あ……ぁ?」
呆れたように頭を掻き、切断者は――《焦土師》は男の髪を掴み、目線を合わせた。
「《焦土師》のオキビが来たとボスに伝えろ。これ以上シマで暴れ回られたくないなら、ダストラムに来い……ともな」
急いで頷くような動作を見せたからか、彼は手を放した。
筋肉を動かすことさえつらいのか、男は無抵抗に顎を地面に打ち付けられる形となり、意識を失った。
「おいクオーク、決着はついたか?」
「は、はい! どうにか」
急いで戻ってきたクオークだが、その身には一つの傷さえなかった。
「上等だな」
「はい」
「それで、全員の始末は終わってるのか?」
視線を逸らした後、彼は首を横に振った。
「だろうな、まぁそのつもりで脅した節はある。今回は目を瞑ろう……だがな、状況は選べよ。手加減して自分が火傷負ったら笑えもしねぇ」
「あっ、はい。気をつけます」
「気をつけるってなぁ……まぁ、いいや。さっさと行くぞ」
早足気味のウルスに追いつこうと、クオークは走って彼の隣に並んだ。
「それにしても、どうしてあそこだったんですか?」
「……このダストラムはベイジュ――つまり、ストラウブと対立していた派閥の支配下だった。調べ回ったが、どうにも残ってる奴らの大半は元ベイジュ派の人間だ」
「ベイジュって……あの」
「ああ、スタンレーの呼び出していた鎧の男だ。旧来の盗賊ギルドの方針を取り、自由気ままに動き回ることを是としていた」
「それって、冒険者側からすると厄介なんじゃ」
元とはいえ、身を寄せていた人物への冒涜にも聞こえかねない発言だが、ウルスは気にする様子を見せなかった。
「そうだな。だが、盗賊ギルドが中途半端な平和組織になるなんてのが、そもそも異常なんだがな」
「えっ」
「盗賊ギルドなんざ、グズしか入らない組織だ。ルールもろくに守れないような連中が入るような場所で、あんなきっちりした秩序を守ろうとすりゃ、当然ついて行けないって奴も出てくる」
「……ウルスさんのことですか?」
「てめぇ喧嘩売ってるのか? ……ちげぇよ、俺はさっさと見切りを付けて抜けたが、残った連中がどうなったのかが気になっただけだ」
「……」
件の酒場で行われた会話を思い出し、クオークは言葉を失った。
「無理を通そうとすれば、その無理の大きさに比例して誰かが犠牲になる。盗賊ギルドなんていう無頼漢の集まりを良い子ちゃんにしようとすりゃ、反対する奴を片っ端に殺すしかなくなる」
それこそが、理想の恐ろしさであった。
人間とは得てして、悪の方向に傾いた存在である。その為、善いことをしようとすればするほど、どんどん歪みが大きくなっていく。
ティアのような善性の塊のような人間に合わせていけば、あっという間に壊れてしまう。
盗賊ギルドの場合、元が相当な悪だったこともあり、当たり前のルールを守らせるだけでも多くの血が流れた。
「あのストラウブはそこらへんのことが分かっちゃいなかった。だが、そういう奴ってのは普通うまくいかない――それがうまくいく状況が発生するとすれば、それは何かの異常の現れだ」
繰り返すように、彼はそういった。
組織のことを思い出さざるを得ない天属性使いだったが、すぐに彼の意図を読み取った。
「スタンレーって人が、その異常を生み出している根源ってことですか?」
「ああ、あいつは常人とはかけ離れた、桁違いな力を宿していた。そんな奴が盗賊ギルドの、それもあんな甘いことを言う奴に力を貸していた理由が分からねぇ」
時期から考えて、彼が組織の使者という線は薄かった。ともなると、彼は組織とは別個に動き、でありながらもそれに匹敵する影響を及ぼしていたことになる。




