19f
店を出た後、ガムラオルスは充足した――恍惚とした表情で通りを抜け、人気の少ない場所を目指した。
後にも退けず、前にも進めぬ状況に陥った彼は、自分の中に存在していた殻を破っていた。強い理性、というより意識的な抑制を維持できなくなっていたのだ。
ただ、そんな状況になって初めて、彼は真に充足を得ることができた。
「(こんな簡単なことだったんだな)」
薄暗い裏路地で腰を下ろすと、彼は空を仰いだ。
「(自ら攻めなければ、何かを欲しいと思わなければ、前になんて進めるはずがなかったんだ。待っているだけじゃ、なにもできない――動き出さなきゃ、なにも変わらない)」
何かを悟ったように、彼は酒場に足を運んだ。
ウルスの一件があったからか、マスターは「冒険者の連れがいる客はは困るんだが」と拒絶的な反応を示した。
しかし、彼はそんな様子も気にせず「今日は俺一人だ。構わないだろ?」と気軽に、それであって自棄気味に言った。
そんな彼が発する雰囲気が明確に変化していたからか、マスターはこれを許し、通した。
ただ客として飲む間、相変わらずに彼はむせ返る味に嫌悪感を覚えていたが、先の一戦を思い出すことで気や口許を緩めていった。
すると、次第に酔いが回りだし、苦みやアルコールの味が薄れていった。気分は高揚し、満ち満ちていた悩みや不安はどこかに消えていった。
満足したガムラオルスは代金を置くと、千鳥足気味に店を出て、宿を目指した。
気付くと辺りは暗くなり、橙が町を照らしていた。だが、彼はそんなことに心を動かすこともなく、身を満たす高揚感だけに酔っていた。
「(……あの女が帰ってきたら――)」
期待に胸を躍らせながらも、彼は自室に戻り、同室の女を待った。
待とうとしていた。しかし、彼は眠気に耐えきれず、椅子に腰掛けたまま意識を沈めていた。
どっぷりと水に浸かるような感触が消え、彼が眠りの世界から引き上げられたのは、夜も更けた頃だった。
「呑気なものだね」
「……帰ってきたか」
「あの人達がどれくらい滞在してるか分からないけど、この調子なら間に合いそう」
そう言うと、彼女は金貨を七枚ほど取り出した。
「一週間くらいか」
「はい」
彼女の疲弊した姿を見て、ガムラオルスは今日の内に何があったのかをおおよそ理解した。
しかし、そんな彼女を労うこともなく、目の前に置かれた山吹色をじっと見つめるだけだった。
「あなたのお金も出して」
「……全部使っちまった」
「えっ、まだ金貨が一枚くらいあったはずじゃ……」
スケープがオドオドとした態度を取った瞬間、彼は目の前に置かれた金貨をひったくった。
「冗談はやめて……くださいよ」
「冗談? こんなもの、返す必要はない」
「返さないと、火の国に戻れないじゃないですか」
「今のお前が、そんな心配をする必要はない」
あまりにわけの分からない言動だったからか、彼女は疲れながらに怒りを露わにした。
だが、そんな彼女の怒りは発露と同時に押さえつけられた。暴力によって。
彼は疲弊しきったスケープの服を脱がせ、以前にそうされたように、しかし今度は自ら彼女の上を取った。
「やめて……ください」
それまで余裕を持っていた彼女と違い、自信や色気は消え、怯えきった弱々しい顔を曝け出していた。
男としての本質――蹂躙の愉悦を知った彼にとって、それはただ興奮を高めるだけの仕草に過ぎなかった。




