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――宿屋内にて……。
「どうしますか」
「……」
ガムラオルスは沈黙していた。善大王は彼の身に何かしらの危機が及ぶ、とは一言も言っていないが、何かしらの制裁が行われることは簡単に予想できる。
彼がそうした制裁行為について言わなかったことが奇襲性を高める為なのか、それとも神器の性質を考えてのものかは断定できない。だが、相応の恐怖を与えたのは間違いなかった。
そしてなにより、彼の提示した軍資金の返却というのも怪しいものだった。もし満額を手配できたところで、本当に無罪放免で済むとは考え難い。
とはいえ、この件について悩んでいるのは彼よりも、スケープの側と言った方がいいだろう。
彼女からすれば、火の国への潜入は最初に行われた命令であり、現状でも最優先に設定されたままなのだ。故に、これを実行できなくなるというのは大きな問題である。
「ワタシは、稼いで来ますね」
「……」
何も言わないガムラオルスをその場に残し、彼女は部屋を後にした。
察する能力の低い彼女は、払うことさえできれば本当に不問にされると考えているのだ。
そんな彼女の様を見て、ガムラオルスは嘲笑を浮かべた。
「最悪の場合、逃げ切ればいいだけだ。あの女の身が割れようとも、俺にはなんの問題もない」
無責任なことだが、この発想は彼が成長しつつある証拠だった。
そして、それを促したのがスケープである以上、自業自得とも言える。
「(だが、逃げてどうする……? 俺の居場所はどこかにあるのか?)」
里を抜けてすぐ、彼が火の国を目指したのは戦いやすいから、というのが一番に出てくるだろう。
ただ、それは彼の認識の中の話である。客観的に見て、彼が本当に求めていたのは、安心できる場所だったのではないだろうか。
この地上において、彼が安心し、関係を維持していたのはこの火の国だけである。ティアと違い、あちこちを渡り歩いたわけではない為、どこに何があるかさえも定かではないのだ。
生まれ故郷の里を捨て、育ち故郷とも言える火の国を捨てた先に、彼を受け入れてくれるような場所はあるのだろうか。
そんな悩みを抱き始めた時、彼は耐えきれなくなったように宿を出た。
気付くと、彼は遊郭の通りに来ていた。嫌なことを考えないようにとした結果、習慣のように歩いた場所に足を運んでしまったのだ。
「……とりあえず、落ち着いてから考えるか」
そう言いながら、彼は軍資金を握りしめ、店を選び始めた。
もはや、彼の歩みは破滅の方へと、太陽とは逆の方向に向かっていた。導く者を失った若人にとって、こうした絶望的な状況は自己破壊を加速させるのだ。
そうして、彼は冴えきらない鈍った意識で、自虐的にその女性を選択した。




