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彼は瞬時にこの状況に至らせた原因を言い当てた。
これにはスケープも焦りを覚えたらしく、明確に冷や汗を垂らして見せた。汗は髪や顎を伝い、豊満な胸に落ちる。
「な、なんのことですか?」
「何も知らない男にそういうのを教えるのはよくないな。なにより、お前はこいつがどういう用件で動いているのか、知っているはずだよな?」
まさに怒濤のような責めだった。
スケープがどういう人間であり、どれほど事情に通じているのかは事前に調べていた。だからこそ、現状の異常さを強く指摘したのだ。
盗賊ギルド壊滅の任を与えられた者に、何の意味もなく娯楽を仕込むという時点で、明らかに仕事の邪魔でしかない。
つまりは、彼女が敵性勢力の人間であることが証明されたのだ。
「ミネアも困ってるんだから、やめてほしいの」
「うっ……」
「(さて、自分から吐いてくれれば楽なんだがな。この女が怪しいことはヴェルギンも言っていたことだし、具体的な証拠を出してくれるといいが)」
彼女がボロを出すことを狙った責め。だからこそ、完全に圧殺するというより、逃げ道を残している。
言い訳をして逃げ切ろうとした際に、完全無欠な嘘を吐ける人間はそうそういない。彼はそれを読み、また狙っていたのだ。
「勘違いするな。俺がここに留まっているのは俺の意思だ。そこの女は所詮、道具に過ぎない」
「……しばらく会わない内に、また変わったな」善大王は言う。
「俺はいままでの俺とは違う」
「酒と女を覚えて大人になりました、って話か? そりゃティアの誘いにも答えられない朴念仁と比べりゃ、マシだがな」
ティアの名はガムラオルスの怒りを誘発させ、彼は善大王に対して殺意を込めた睨みを向けた。
「そんな怖い顔すんなよ。本当のことだろ」
「ティアの名を出して、何のつもりだ? 俺を怒らせたいのか?」
「その様子だと、ティアとは喧嘩別れって感じか。なるほどな、青春だ」
「あんな女なんとも思っていない。クソほども使えない面倒で邪魔な女だ」
知ったような口の使い方に、彼は本心からの怒りを吐露した。
しかし、善大王はそんな怒り声に恐怖の反応で応えることもなく、呆れたように肩を竦めた。
激昂したガムラオルスが善大王に向かって拳を放った瞬間、フィアは勢いよく立ち上がり、机を叩いた。鳴らした音は小さいが、食器の振動音によって周囲は静まり返る。
「ティアを悪く言わないでっ! ティアはあなたのことが好きで、大好きで……なのに、そんなのってない!」
彼女の憤りは、友達の為の義憤だった。今まさに善大王が傷つけられようとしていたにもかかわらず、友情を優先させたのだ。
そんな微妙な変化を見逃さなかった善大王は、口許を緩めた。
「ま、その通りだな。女の子をあまり悪く言うもんじゃないぞ」
「……お前もヴェルギンから頼まれたのか?」
「おっ、本題を切り出してきたな。ただ、ちょーっと惜しいな――俺に頼んできたのはミネアの方だ」
「ミネアが……? 確かに、名前を出していたな」
「弟弟子が返ってこないからって寂しがってたぞ。もしかして、それ以上の何かがあるのかもしれないが」
意味深な言い方をしていたが、善大王が勘違いをするはずがない。
ミネアの抱いている感情は恋愛感情ではなく、友人に向けるものであることは少女に詳しい彼が誰よりも理解していた。
「それで? お前はどうするんだ?」
「俺は盗賊の件からは手を引く」
「ま、だろうな。ならとりあえず軍資金は返しに行くんだな――面倒なら俺が持って行くが、どうせ使い切ってるんだろ?」
凄まじい勢いで読んでいく彼の姿に、ガムラオルスは驚きというよりも気色の悪さを覚えた。
「ずっと俺を監視していたのか?」
「まさか、だがお前の変わり様である程度は推測できる。若い内はそういう散財をして成長していくものだ、俺にも覚えはある」
この発言に偽りはなく、彼らの到着はウルスのそれと前後した頃合いである。
「分かっているならば、何故要求する」
「お仕事を果たせば、それで問題は解決だ。軍資金なんてのは全部使い切りましたで相手も納得する。だが、やらないとなると色々と面倒になる――何を選んでいいかも分からない奴に、俺なりにヒントをやったってことだ」
善大王は先駆者とし、若人に人生の指南をしたつもりだったのだが、当人はただ急かされているだけだと判断した。
「やれ、と言いたいんだろ。回りくどい言い回しはやめろ」
「はは、俺がそんなことを言うとでも? 俺も大人の七面倒くさい欺瞞は嫌いでな――俺の場合は偽りナシだ、嫌だというならば金を返せと本気で言っている」
「金はない」
「なら早めに稼ぐことだ。俺は早めに決着を付けるつもりだ」




