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――宿屋にて……。
「あの男はなんだ、何様で俺に説教を――」
「その話はもう何度も聞きましたって」
「……お前は黙って聞いていれば良い」
「酔ってるんですか?」
「酔ってない!」
「酔ってる人はみんなそう言うんですよ。はぁ、酔っ払いの妄言聞くのも疲れますよ」
口では言いながらも、実のところ彼女は気にも留めていなかった。
夜の世界に生きてきた彼女からすれば、これはよくあることでしかない。
ただし、相手に関しては事情が違う。いつもは客相手だったが、今は格下の相手、故に適当にあしらえる快適さを彼女は感じていたのだ。
「なら飲みに行くぞ」
「また飲むんですか?」
「酔ってないから大丈夫だ」
「後悔しても知りませんよ」
そうして二人はまたもや同じ店に向かおうとしたのだが、途中でガムラオルスはウルスのことを思い出し、遭遇した際のばつの悪さを考えた。
「……別の店だ」
「まぁ、そっちの方がいいと思いますけどね」
店の質が悪いことを彼女はよく理解しており、可能であればよそのほうがいい、という意味でそう言った。
……そうは言いながらも、彼女はそんな店に入り浸っている彼の滑稽さを思い出し、内心で吹き出していた。
比較的間口の広い、大衆食堂のような場所に入った。酒はどこでも飲める、という彼女の言によって言いくるめられたのだ。
今のスケープは若干の空腹感を抱いていた。
店に入った二人は適当な席を見繕い、酒や食事を注文した。酒はガムラオルスが、スケープは食事といった具合にちょうど線が引かれている。
明らかに無謀なボトル注文だったが、超ローペースの彼を支えんばかりに、スケープが飲み進めていく。
そうして一人分の食事が運ばれてきた頃、彼女は目の前の相手に遠慮することもなく食べ始めた。これは上下関係の余裕というよりも、単純に彼女の気遣いの問題だった。
「お前は随分飲むな、吐いてるのか?」
「まさか、ちゃんと飲めるように手を打ってるんですよ。あなたみたいに酒だけ流し込んでご飯を食べないと、すーぐに酔っ払うんですよ」
「……そうなのか」
普通に感心したらしく、とはいえ彼女の食事を要求することもできず、黙って美味しくもない飲料に口を付けた。
「割と美味しいね」少女は言う。
「割とって言うな。いや、まぁ別にいいんだがな」
食堂の中でも一層目立つ、子供と男の声が二人の耳に入った。
大衆食堂であれば子供もいるだろう、と思うかも知れないが、この街は一般的には歓楽街ということになっている。
見渡せば、その目的で停留している男達ばかりであり、美形の男や可憐な少女というのは珍しい組み合わせだった。
「……! ライト、誰かに見られてる」
「考えすぎじゃないのか? お前、すぐ警戒するけどな、そんなにヤバイ連中なんてそうそう――」
少女の視線の先を追った男は、驚いたような顔をした後、苦笑いを浮かべた。
「おいおい、できれば遭遇しませんでした、で押し通したかったんだがな」
「ライト、そんなこと言ったらミネアに良くないよ」
「……ミネア?」ガムラオルスは明確に反応した。
その時点で三人は認識を同じくした。
「ああ、いつかの善大王さんと天の巫女さんですね」
「知っているのか?」
スケープも気付いたらしく、これでようやく四人が本当の意味で対面することになった。




