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「な、なんのことだ」
「その白髪頭、また焦土に変えてやってもいいんだぞ」
ただの敵対発言かと思い、盗賊達は一斉に迫るが、マスターはそれを制した。
「ま、まさかあんた……《焦土師》か?」
「もう昔のことだがな」
古参盗賊である彼は、ウルスのことを――オキビのことを知っていた。いや、知っていたなんてものではなく、面識があったのだ。
「呑むなら隅にいってくれ」
「おう、悪いな」
まるで慣れたような歩調で盗賊組の席とは正反対の、そのまた奥の四人掛けに向かい、どっしりと座り込んだ。
そんな彼に続くように、若者二人組も奥の席へと向かい、互いの勢力を分かつような座席を選んだ。
「お前、盗賊なのか?」
「そんな時代もあったってだけだ。あのマスターもその時代の顔見知りだ。あいつは前ボスについて行き、俺はさっさとトンズラした。それだけで説明は十分か?」
軽く語られたが、これは想像以上に重い話題だった。
彼の過去と同時に、盗賊ギルド内で発生した派閥争いの顛末も示された。
本流にして、タカ派だったベイジュ派閥についていた二人は別々の道を歩んだ。
片方は敗北を確信し、事前に逃亡した。
もう片方は、それを予見できずに派閥の長を殺されたが、立場が悪くなる前に素早くストラウブ派閥に鞍替えした。
どちらも卑怯者であり、義理人情もない格好悪い生き方である。
とはいえ、この抗争でベイジュを支援し続けた者がどうなったか――それは、密約当時のスタンレー一行に始末された者達を見れば、明白であろう。
「その元盗賊が俺になんのようだ」
「……その前に、注文を済ましちまおう。ただ狼藉働いて居座ったっていうんじゃ格好がつかない――だろ?」
本来の目的の一つであることもあり、ガムラオルスはこれを肯定した。
「久々に飲むが、やっぱり安っぽい味だなぁ、オイ。牛のションベンみてぇだ」
まるで文句を言っているような言葉選びだが、マスターはこれを敵意の類と受け取らなかった。
ウルスは中腰に立ち上がると、ガムラオルスへと前屈みに迫った。
「お前はサワーなんて飲んでるのか? こんな店じゃどんだけ薄められてるか分からねぇぞ」
「それがどうした」
言いながらも、妙に薄く飲みやすかったという気を抱いていただけに、彼は内心で落胆していた。
「ウルスさん、本題に移りましょうよ!」
「……ったく、ジュースしか飲まねぇお子様は。まぁガキ二人連れよりはマシだがな」
「ガキ二人――あの《邪魂面》の小娘はどこに行った?」
ようやく思い出し始めたらしく、彼は質問を始めた。
「その様子だと、やっぱり記憶はねぇみたいだな。あいつは――風の大山脈に向かったぞ、お前の替え玉としてな」
「俺の替え玉……そうか」
「おン? 分かったのか?」
「あの娘がティアと組んでいたことは知っている。なるほど、うってつけじゃないか」
口調は砕けているが、彼の顔には明確な嘲笑の色が見えた。
「なんか嬉しいことでもあるのか?」
「ハッ、そんなものはない。ただ、ティアの世話を自分からみるとは、ご苦労なことだ」
ガムラオルスはよく知っていた。
理想の塊、有能な善人についていく者が如何なる困難に見舞われるか。その者と同じくネジの外れた善人ならば、きっと異常を異常とせずに歩むことだろう。
だが、彼のように現実の側が見えている人間からすると、ティアのような女性は危なっかしくて仕方がない。だからといって助けようとしても、善性の塊が現実的な解決策を受け入れるはずもない。
両者間の話が全く通じなくなる以上、支える者は激しい自己破壊を行いながら、文字通り身を粉にして働くしかないのだ。
その立場を逃れた彼からすれば、修羅の巷の如く場に赴く新参者など、愚者や幼い子供のように嘲笑の対象でしかない。
「俺には、あのクソガキが嫌々、付き合っていたようには見えなかったがな」
「それは平時だったからだ。戦争、多くの人間が共に戦う状況では、あいつのような独りよがりの女は邪魔でしかない。馬鹿共が調子付くだけだ」
「……そういう見下しはいいものじゃねえな。人間なんてのは多少の差はあるが、所詮は同じ生き物でしかねぇんだぞ。流れる深紅の血も、四肢に至るまで大差ねぇ。まぁ、お前が自分を特別な人種と思うのも無理ねぇが」
「俺が気取っているとでもいいたいのか?」
「いや、分からんでもねぇよ。ただ、若ぇとは思うぜ」




