10f
真昼の娼館街を歩き、彼は見定めを行っていた。
好みが如何に無意味なものかを理解しながらも、ガムラオルスは人を選ぶ指標を特定の感覚にしか頼れない。
「おっ、あの姉ちゃんなんかいいんじゃないか? 緊張しないで良さそうだぞ」
「き、緊張しないなんて失礼な――というか、ぼくは行きませんよ!」
「ケッ、つまんねぇな。女も知らないようじゃ男としちゃ小さいまんまだぞ」
赤髪の中年と金髪の若者は何かを言い合っていた。
「(こんな時期にノンキな観光組か)」
よく居る種類の組み合わせと判断し、ガムラオルスはさっさと歩みを進めようとした。
しかし、あちらはよくあると断じることもなく、ただ一人で突っ立っていた彼を注視した。
「お前、あんときの」
「……知らんな」
全く記憶がない彼に対し、金髪の若者はすぐに気付き、指を指した。
「あっ、《翔魂翼》の!」
すっかり忘れていたガムラオルスと違い、掃除烏の面々は《翔魂翼》のホルダーということもあり、彼のことを綺麗に記憶していた。
「こんなところで会えるなんて奇遇だな。いや、こりゃ運命か? せっかくだ、神様への感謝ついでに一杯やらねぇか? カシもあるし、奢ってやるよ」
自然で円滑な語りを伴いながら近づいていき、ウルスは彼の肩を叩いた。
「馴れ馴れしくするな」
「冷たい態度を取るなよ。それともあれか、お前さんはこっちのヘタレと違って、結構いけるクチか?」
娼館を顎で差し、下卑た笑いを浮かべた。
面識があるわけでもない相手の言葉ともあり、彼は気にするまでもなく、面道事を他人事として横を通り過ぎようとした。
「ご苦労なことだな。国家の金で女漁りをするなんて、俺でもできねぇぞ」
「……」
この時点で、両者は一つの共通点によって繋がった。
「ヴェルギンか?」
「とりあえず呑みにいこうぜ。店はお前さんに任せるとするからよ」
意図を探り兼ねたガムラオルスは、とりあえず知っている酒場ということで、贔屓にしている件の酒場に目を付けた。
金の出自を知っている相手を前にして、鈍りきっていた頭を無理矢理に働かせ、それでようやく引き出した答えがこれだった。
焦りと鈍い頭、これが寄り集まった際の判断が如何に失策であるか、これは例を挙げるまでもないことであろう。
幾度も通うようになったからか、ガムラオルスの入店に際して何かしらの反応が見られる、ということはなくなっていた。
しかし、そんな彼に続くようにして現れた二人は例外であり、盗賊達は一斉に臨戦態勢に移った。
それもそのはずだ。身分不明の彼と違い、二人は手の甲に身分を貼り付け、挙句それが敵対者の証であるのだから猶予を与える意味がない。
「物騒な店に連れてきやがって、話を通せよ」
「……チッ」
従うことを是としたわけではないにしろ、彼は酒を求めていた。スケープは確かに要求分を都合してくるのだが、それらは彼の好みに適していないものばかりだった。
そしてなにより、ウルス達がヴェルギンと通じていると分かった以上、その話を聞かないで放置するというわけにもいかない。
「俺の連れだ」
「坊や、あんたが無害だってのは認めよう。だがな、そいつらは冒険者だ、この店に入っていい客じゃねえ」
事態が事態だからと、マスターは真剣な表情で――というよりも、憎しみを浮かべながら言った。
「何かするようであれば、俺が潰す」
「……いや、やっぱりダメだ。冒険者連中がいるんじゃ客が落ち着いて呑めねぇ」
「そういう頑固なことは言うなよ。次からはこねぇからよ、今日は見逃してくれねぇか?」ウルスは言う。
「次なんて言わないで、さっさと出て行ってくれ」
この頑固さにはさすがに腹が立ったらしく、ウルスは前に出た。盗賊の一人が本当に攻撃を仕掛けてきたが、睨みによる威圧感だけで男は怯んんだ。
動きが止まった瞬間、強く踏み込むことで音を鳴らし、盗賊に尻餅をつかせる。ナイフは地面に転がるが、それを一瞥するだけに留め、マスターに向き直った。
「偉くなったもんじゃねえか。ボスがぶっ殺された後に、さっさと鞍替えしたからか? 年取って利口になったんじゃねえか?」




