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――火の国、ダストラム、早朝の宿屋にて……。
「あなたも物好きですね」
毛布の中から顔を出したスケープは、目を閉じたままの彼を見つめた。
「なにが」
「国王の命令、覚えてます?」
「……」
彼は何も答えなかった。
呆れたように肩を竦めると、彼女は毛布の中に戻った。
彼はというと、恍惚そうな表情――ともいえない、渋い表情で快楽を覚えていた。
この町に到着してから、既に一週間以上が経過している。
彼の堕落具合は日を増す毎に加速し、手持ちの金は金貨一枚に迫っていた。
昼から酒を飲み、歓楽街を練り歩き、中途半端に果てるばかりで前に進むことのない日々。
最近では金の減り方に多少の危機感を抱き始めたらしく、彼女に安酒を仕入れさせ、体の不満も彼女に解消させていた。
情熱というのは、ある意味鉄のようなものである。熱した赤は変幻自在、活発にして高温だが、一度冷えてしまえば戻すのは難しい。
形も、熱も、全てが黒錆色になって硬直していく。そんな熱くなっていた自分が馬鹿らしくなり、戻るだけの力を自ら捻出することができなくなっていく。
冬眠時にエネルギー補給をおろそかにし、永劫の眠りに落ちることと同じである。いや、起きるだけの力のない小動物が取る冬眠というべきだろうか。
「怒られないですか?」
「……どうでもいい。そもそも、俺が火の国に手を貸すこと自体――助ける道理も、ないんだからな」
傭兵の道、それは当初の彼が抱いていた情熱の一つであり、火の国には最善の戦闘環境が存在していた。
だが、そもそも戦うという行為に意味を見いだせなくなった以上、その最善には何の意味もなくなってしまったのだ
部屋に戻れば服を脱ぎ、ベッドで堕落する日々。
そんな生活の影響か。彼の翼であり、彼の分身である神器もまた部屋の片隅に放置され、彼の心を投影したように無数の黒錆を湛えていた。
「……少し飽きてきたな」
「人にさせといてよく言いますね」
毛布ごしの声ながらも、気だるい不満さは如実に伝わった。
ただ、それに憤るでもなく、感情を揺らすでもなく、ガムラオルスは黙々とベッドを降りた。
真っ裸の彼は下半身の衣類だけをしっかり固め、上着は黒いマントを羽織るだけに留めた。
「また行くんですか~? お店の子が可哀想ですよ」
胸元に毛布をたぐり寄せながら、スケープは呆れた顔で出発しようとしていた彼を見た。
「金は払ってやってるんだ、文句はないだろう」
「血税ですけどね」
「……行ってくる」
図星を否定しきることはできなかったらしく、彼は逃げるように宿の外に出た。




