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壊れたとしても、すぐに修復できる体を持つ巫女にとって、心への攻撃は耐えがたい弱点だった。
肉体は形があるからこそ、戻すことができる。しかし、精神には形がなく、それを修繕することはできない。
人の心は過ごした時間を記憶という形で記録し、不可逆的情報として保存している。幻術ができるのはこの記憶に対する接続を阻害することであり、記憶に直接干渉することはできない。
この例外が《邪魂面》や、初代マナグライド王が使用した幻術とされているのだが、どちらにしても本当の意味で記憶を改竄しているかどうかは怪しいところである。
話を戻すが、アルマは身動き一つ取れず、ただ泣き出していた。
近衛騎士達は判断を迷いながらも、自身の主である少女の声を耳にし、目を閉じた。
瞬間、何匹かの魔物が飛びかかり、それぞれが魔物部分を用いて攻撃を仕掛けてきた。
だが、一番槍となった――そして近衛騎士の一人を殺した――魔物は、鋭い一閃によって胴体と首が離れた。
迷いのない、熟達された剣戟は確かな手応えと同時に、魔物をただの一撃で終わらせた。
その子供の親は目の前で殺された騎士を見ていたからか、既に茫然自失といった様子で反応さえ示さない。
しかし、他の親は顔を青くさせ、痛みも忘れたように緒を掴んだ。
赤子の数体はこの状況をまずいと判断したらしく、母親との繋がりを無理矢理に引っ張り、ちぎれたと同時に窓ガラスを叩き割って外に逃れた。
だが、口以外は人間の姿をした魔物はまだ諦めていないらしく、一人で騎士に突っ込んだ。
主戦場からは遠く、騎士の花形からも遠い近衛騎士だが、その鍛錬のほどや実力は《騎士団》に恥じないものであった。
目を閉じながらに、姫の出す声の反響や空気の変化を感じ取り、まるで直視しているように対象を捉えていたのだ。
物質の接近を探知し、先頭に立っていた騎士は剣を振りかざした――が。
「ころ……さ、ないで」
命の灯火が消えそうになりながらも、死をもたらす斬撃を浴びながらも、その女性は声を漏らした。
対象を違えたと判断した瞬間、先頭の騎士は目を開けてしまった。
子を守ろうとする母親、罪のないライトロード人を殺したという事実を――周囲に散った赤い血を見た瞬間、彼は呼吸を忘れた。
そんな隙を逃さないとばかりに、今まさに守られた魔物は母親の腹を突き破り、戦闘不能に陥りつつあった騎士に牙を剥いた。
肉塊から突如として飛び出してきた魔物を捕捉し、それに対応するだけの反応速度は彼の中に存在した。
だが、目の前にある塊を、自分がモノに変えてしまった人間であると認識した瞬間……対処できるはずの攻撃さえも、無防備に受け入れることになった。
木くずでも散らすように、レザーのチェストアーマーは噛み削られていき、最後には騎士の肉にまで到達した。
「や、やめろ! はなれ……離れ――」
咄嗟に引き剥がそうとするが、まるで飢餓に陥った獣の如くに食らいつく速度は早く、獲物を捉えて離さないだけの顎の力を有していた。
あっという間の内、男の体は貫通され、役を終えた心臓は晒されることもなく魔物の腹の中へと収められた。
平和の国とも言われた光の国とは思えない、あまりにも悲惨な光景を前に、アルマはついに泣き止んだ。
もはや、彼女の中にある感情は悲しみなどではなく、恐怖や絶望に変わっていたのだ。
人間の命が、赤子の命が、母親の命が、顔をよく知る臣下の命が、まるで虫をひねり潰すようにあっさり消されていくのだ。
過ごしてきた長い年月も、思い出も――多くの積み重ねがまるでゴミでも扱うように、意味などなかったかのようにあっけなく終わっていったのだ。
命の価値が重いライトロート人からすれば、これはあまりにも非現実的で、あまりにも絶望的であった。
誰もが手を出せなくなった瞬間、再び扉が叩き開けられた。
その先頭に立っていたのはアルマが国防部隊に誘った、親衛隊の者だった。
「姫様!」
よく知る声を聞き、アルマの中に僅かばかりの温もりが戻った。
しかし、一瞬のうちにそれは静まり、がくがくと震え上がるほど寒気が襲いかかる。
「こ、こないで!」
「……分かっています。その魔物は捕獲します」




