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そこに居たのは、赤ん坊だったものである。
妊婦は驚きや恐怖、悲しみで顔を歪ませ、この場に居合わせた医療従事者達も唖然としていた。
「わ、わたしの……あかちゃんが」
赤子はアルマの想定通り、魔物に寄生――浸食されていた。
その姿は以前の寄生型と異なり、体の一部が完全に魔物の――虫の部位に変異しており、四肢のうちで人間のままな部位は右腕と左足だけだった。
顔には明らかに子供の面影が残っているのだが、口の部分などが昆虫のそれを思わせる異形となっているなど、見るも無惨なものである。
その上、この生物は生命活動を継続しており、赤子と魔物の思考が混ざったように蠢いていた。
「(あかちゃんが……あかちゃんがあんな、あんな……)」
現場に来てどうするかを決めていなかったアルマは、一瞬のうちに混乱に陥った。
以前の寄生型でさえまともに対応できなかった彼女が、赤ん坊という弱い存在の変異を受け入れられるわけがなかった。
「み、巫女様をお連れするんだ!」医者の男は言う。
「は、はい!」
看護婦は答えると、アルマを抱き上げ、その目を手で隠してから外に連れ出した。
その刹那、魔物となった赤子は確かに泣き声を――産声を上げた。
赤ん坊の――人の泣き声と、魔物の発する鼠のような、甲高い奇声が混じった声。それは他でもなく、あの子供に人間としての意思が残っている証拠でもあった。
助けを呼ぶような声ではなく、苦しみ呻くような赤子の声は、次第に弱々しくなっていき……最後には、魔物の叫びだけが残された。
逃げていく最中にも、廊下全体に魔物の鳴き声が響き渡り、巫女を運ぶ女性は「なんなの、なんなのよ!」と泣き気味に呟いていた。
臨月の近い妊婦達が入院する部屋に到着すると、看護婦は力なく崩れ落ちた。
あまりの恐怖に腰が抜けたらしく、壁に背を預けるようにして、どうにかアルマと顔を合わせた。
「大丈夫?」
「は、ははは……はい、だ、だいじょうぶです」
恐怖のあまり、顔は引きつり、薄笑いがこぼれていた。あの状況を目の当たりにした以上、こうなっても仕方がないだろう。
アルマはアルマで、そんな彼女の姿を見て怯えている場合ではないと判断したらしく、使命感によって自身を奮い立たせた。
「何の声? 怖いわ……」
「大丈夫だよ!」
怯える妊婦を励まそうと、アルマは一人一人の前に行き、声かけをして回った。
そのほとんどが事実を告げない、無責任な言葉ばかりだった。ただ、この状況においてはそれが有効だった。
逃げようとして逃げられない状況にいる彼女らは、事実を告げられたところで絶望しかできない。恐怖が増長し、この場で相互増幅することになる。
前線などで懺悔を聞き、メンタルケアを行ってきた彼女だからこそ、直感的にその判断ができたのだ。
しばらく待っていると、扉が叩き開けられ、数人の男達が入ってきた。




