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陽が沈み、夕暮れさえも終わりを迎えたはずの大地は、橙色の光に照らされていた。
ダストラムの中でも、この地区に関しては明るさが桁違いである。なにせ、商品を照らし出さないことには、客を引き寄せられないのだから。
とはいえ、マーケットではない。火の国にしては珍しく、きちんとした石造り、木造建築の店だ。
そこに売られている商品は、女性――いや、女性達との時間だろうか。
街路を歩む者達は徒党を組み、下卑た――ある意味、幸せそうな表情で練り歩き、店先をちらりと一瞥していく。
店主の老婆達も、そんな男達を誘うように声を掛け、男が納得すれば商談が成立する――といった形式だ。
一時の狂騒だけが刹那の高揚をもたらしている砂漠の中、珍しく変わることのない悦びに満ちた場所で、緑髪の青年はただ一人立ち尽くしていた。
「……どうしたものか」
男としての自信を付ける為、と意気揚々とこの地区に足を踏み入れたのは昼前のこと。
そこで一戦目を申し込むまでに、夕刻まで掛かった。そして、陽が沈んだ今、彼は新たな敗北を背負い込んでいた。
「あの女の外見は、悪くなかった。だが――結局はスケープと同じだ」
そう言いながら彼が初戦を申し込んだ相手は、どことなくティアに似た女ではあった。彼女が順当に年を重ね、彼と近い年になったような女性ではあった。
拒絶しながらも、彼の趣向は彼女にあった。それを当人に問い質したところで、きっと否定するだろうが、これは客観的にみて明らかなことだった。
「勝手が分からない……くそ」
彼は落ち着いて考えられる場所を探し、徘徊した。
ぬくもりのある灯りから離れ、人気のない裏路地に入ると、そこには彼と同じように――敗北したかどうかはともかく――迷いを抱いた男達が空を眺めていた。
適当な場所を見繕い、彼は座りこんだ。そして、腰の皮袋を外側から触れ、残金を改めた。
「(一戦で銀貨二枚――滞在期間を考慮すれば、一日辺り二回が限度か)」
その金はフレイア王から渡された支度金だった。金貨五十枚、銀貨に換算すれば二百五十枚相当だ。
それなりに安定してきた兵士が年に渡される給金と同額、盗賊ギルドの掃討と考えれば順当だが、世間を知らない青年に渡すにしては過ぎたる金である。
「いや、とりあえず今日は撤収するべきか。酒でも呑んで、明日から頑張るとしよう」
調査費ですらない無駄な浪費とも考えず、彼は夜の賑わいを後にし、スケープとともに足を運んだ酒場を目指した。
一族の最善を願い、理想の旗印を支えようと燃えていた青年は、もうそこには居なかった。
彼はスケープと接し、未だ見ぬ世界を知ったことで、大人になり始めたのだ。




