女体に惑わされし者
「……またか」
朝、彼は途轍もなく気が悪くなっていた。
自身の衣服は適当に脱ぎ捨てられ、隣人も先日と同じように裸体を晒している。
とはいえ、今回は彼女が何をしたということでもなく、単純に彼がそれを求めたのであった。ただし、その記憶は――行為に至るまで――彼の中には存在していなかった。
「酒に呑まれたわけか。だが……」
記憶が消えているのは事実だが、それは途中からである。気が良くなっていた時の記憶もうっすら残り、自己嫌悪が強く押し寄せていた。
だが……彼は気の良さをより強く印象づけていた。
「悪くはなかった。我を忘れるほどに呑まなければ、良薬かもしれないな」
嗜好品とは縁のない男だっただけに、彼は酒の魅力に取り憑かれ始めていた。
シナヴァリアほどではないにしろ、彼も克己的な性質を持っており、ああでもしなければ気を弛緩させることができない。
少量の酒が良薬であることも、ほどほどに休み、休んだ後はゆるりと進むということも――こうした認識は大きな間違いではない。
ただし、彼はすっかり盗賊ギルド関係のことを忘れていた。ティアを分からず屋と考えていた彼だが、本人も抜け目がないわけではなかった。
しかし、脳天気だの阿呆だのと誹ることはできない。そもそも、彼は何かしらの目的、展望を持って動いていたわけではないのだ。
ダストラムという盗賊ギルドの穴、それを利用した火の国への亡命、勝手知ったる仲間との共闘――これを緻密な計画といえば話は変わるのだが、彼はなんの命綱もなくこれを実行しようとした。
極端なところ、彼は何をするという目的や手段を欠いていたのだ。確固たるものがあれば、人智を越えた力によって進むことができるが、それがない状態ともなると安定感は望めない。
こうしたちょっとした快楽一つで、ガムラオルスは深い決心に裏付けられていない大義を投げ捨ててしまったのだ。
《風の太陽》である以上、こうなることもまた仕方がないといえばそこまでなのだが――この展開、少なからずスケープが誘導していた節がある。
彼女の間の抜け具合については幾度も明らかになっていたが、今回については明らかにスケープの方が上手だった。
皮肉なことに、彼女の得意分野が彼の苦手分野だったのだ。
スタンレーがこの展開を予測していたとは考えがたいものの、まるで差し示したような運命の悪戯である。
「また勝手に寝ちゃってたね」
「……悪いか?」
「ううん、あのくらい見事にヘニャられると……正直、ワタシもヘコむもんで。満足したならいいと思いますよ、ハイ」
彼の進展は相変わらずといったところで、スケープはもはや嘲笑うつもりで明言してみせた。
「お前が下手なだけだ」
「……プッ」
ついに憤ることもやめ、彼は一人で町に繰り出した。
「本当に扱いやすい人ですねぇ、あの人は」
『……そうか』




