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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
930/1603

11v

「酒の飲み方を覚えた」

「そうですか」

「……俺はあの時の俺ではない」

「はぁ」


 宿屋の彼女は素っ気ない態度で、長い髪を(いじ)っていた。


「あの時は不覚を取ったが、次はそうはいかない。あまり俺を甘く見ないことだ」

「……付いてきて欲しいんですか?」

「なんのことだ」

「酒場」


 スケープは長く伸びた自身の爪をあらためるばかりで、彼には一目もくれない。


「誰がそんなことを言った」

「お酒が飲めるようになって、それを見てもらいたいんでしょ? 分かる分かる」

「……そんなことは言っていない」


 言ってはいない上、彼も自覚していないが、本質はそこにあった。

 結局のところ、彼は自身の壁を越えたという事実を誰かに認めて欲しかったのだ。それが実際に飲みに行くかどうかはともかくとし、関心を持ってもらいたかったのは事実だろう。


 人の機微には疎いはずの彼女だが、この状況においては抜群にキレのある読みを見せていた。態度もまた、こうした空回り男に適したものとなっている。


「ワインは柑橘系で薄めれば呑みやすい」

「うわ、聞いてないのに語り出したよ。気が良くなってるの?」

「聞け! いいから聞け!」


 怒り出す以上に、彼は語りたくて仕方がなかった。かつての彼にそうした嫌いが乏しかったことから、おそらく酔いが回っているのだろう。


「ガラナは駄目だ。あれは相性が悪い! だから、甘いのが……酸味の系統がいい」

「……変な味が薄れるからって?」

「ああ、あのむせ返る味が薄れる」

「こういうのもアレなんだけど、あの時に頼んだの――結構キツイやつだったんだけど」


 まさか、という顔をしたガムラオルスだったが、彼女が器用な嘘を咄嗟につけるはずがなかった。


「あのマスターに目配せしてたの、気付かなかった? カモを酔わせたいっていう通しがあったんだけど」


 彼の状況分析能力、冷静な判断能力が保たれていることは述べたが、あの場面においてはその限りではなかった。

 というよりも、敵意や殺意に関わらない部分に彼は鈍感だった。


「だ、だったらそれがどうした! そんなのは関係ない!」

「じゃあ、今日はどんなの飲んだの?」

「ああ、分かってきたじゃねえか。今日はな、オレンジワインとライムワインと……ガラナワイン――ガラナワインは最低だった」

「あーはいはい、言っちゃ悪いですけど、ワインも結構キツい方ですよ? というよりも、自分で混ぜたんですか?」

「ああ、前と同じ轍は踏みたくないからな」

「そういうのはお店の人の頼んだ方が無難ですよ。特に慣らしにいくなら――」

「とりあえず、次はお前の好きなようにはならないぞ」

「……はい」


 会話がループし出したのを確認した瞬間、彼女の適当さはより鮮やかさを増した。

 彼女が生き抜いてきた環境を鑑みるに、こうした酔っ払いの相手も心得ているのだろう。話題のループがある種の記憶喪失点であることも含めて。


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