11v
「酒の飲み方を覚えた」
「そうですか」
「……俺はあの時の俺ではない」
「はぁ」
宿屋の彼女は素っ気ない態度で、長い髪を弄っていた。
「あの時は不覚を取ったが、次はそうはいかない。あまり俺を甘く見ないことだ」
「……付いてきて欲しいんですか?」
「なんのことだ」
「酒場」
スケープは長く伸びた自身の爪をあらためるばかりで、彼には一目もくれない。
「誰がそんなことを言った」
「お酒が飲めるようになって、それを見てもらいたいんでしょ? 分かる分かる」
「……そんなことは言っていない」
言ってはいない上、彼も自覚していないが、本質はそこにあった。
結局のところ、彼は自身の壁を越えたという事実を誰かに認めて欲しかったのだ。それが実際に飲みに行くかどうかはともかくとし、関心を持ってもらいたかったのは事実だろう。
人の機微には疎いはずの彼女だが、この状況においては抜群にキレのある読みを見せていた。態度もまた、こうした空回り男に適したものとなっている。
「ワインは柑橘系で薄めれば呑みやすい」
「うわ、聞いてないのに語り出したよ。気が良くなってるの?」
「聞け! いいから聞け!」
怒り出す以上に、彼は語りたくて仕方がなかった。かつての彼にそうした嫌いが乏しかったことから、おそらく酔いが回っているのだろう。
「ガラナは駄目だ。あれは相性が悪い! だから、甘いのが……酸味の系統がいい」
「……変な味が薄れるからって?」
「ああ、あのむせ返る味が薄れる」
「こういうのもアレなんだけど、あの時に頼んだの――結構キツイやつだったんだけど」
まさか、という顔をしたガムラオルスだったが、彼女が器用な嘘を咄嗟につけるはずがなかった。
「あのマスターに目配せしてたの、気付かなかった? カモを酔わせたいっていう通しがあったんだけど」
彼の状況分析能力、冷静な判断能力が保たれていることは述べたが、あの場面においてはその限りではなかった。
というよりも、敵意や殺意に関わらない部分に彼は鈍感だった。
「だ、だったらそれがどうした! そんなのは関係ない!」
「じゃあ、今日はどんなの飲んだの?」
「ああ、分かってきたじゃねえか。今日はな、オレンジワインとライムワインと……ガラナワイン――ガラナワインは最低だった」
「あーはいはい、言っちゃ悪いですけど、ワインも結構キツい方ですよ? というよりも、自分で混ぜたんですか?」
「ああ、前と同じ轍は踏みたくないからな」
「そういうのはお店の人の頼んだ方が無難ですよ。特に慣らしにいくなら――」
「とりあえず、次はお前の好きなようにはならないぞ」
「……はい」
会話がループし出したのを確認した瞬間、彼女の適当さはより鮮やかさを増した。
彼女が生き抜いてきた環境を鑑みるに、こうした酔っ払いの相手も心得ているのだろう。話題のループがある種の記憶喪失点であることも含めて。




