表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
929/1603

10f

 ふれ合っていた五指は離れ、永久に交わることのなき方向を別々に指した。

 拳は掌へと変わり、主のもとへと引き寄せられる。すると、カウンター上では薄明や黄昏を彷彿とさせる風景が──煌々と輝く黄金色が姿を現す。


「……何の金だ?」

「俺は酒場に来た……客として。であるならば、酒だ」


 あまりにも現実離れした――いや、むしろ現実過ぎる言葉に、場の空気は弛緩した。

 とはいえ、マスターは依然として警戒心を保ち、油断を僅かにも見せなかった。


「では、なにを」

「……そこの白いの」

「一杯?」

「一本だ!」


 彼の大声は、放たれていた殺意と直結していた。

 つまるところ、彼は緊張していたのだ。一度敗れたという経験によって、ありもしない恐怖の幻影に取り憑かれているのだ。

 その恐怖を人は、緊張という。


 先日の失態を目の当たりにした為、マスターはなかなかに解せないといった表情で、置かれていたワインボトルを彼の前に置いた。


「――それと、後ろにあるオレンジジュース。ライムソーダとガラナのボトルもこっちに寄こせ。グラスもできるだけ用意しろ」

「へ、へい」


 わけの分からない注文方法とはいえ、一応は客であると認識したらしく、マスターは平時の態度に戻った。

 カウンターを大きく埋め尽くし、隣の客――今は居ない上、おそらく来ないだろうとは思われるが――の迷惑になりそうな規模で飲料を並べた。


「(薄めるとあの女は言った……あの時は不用意に煽りを受けたが、次はそうはいかない。俺が戦える境界線を探る)」


 彼の発想、着眼点はとても残念な場所だった。

 いくら望み薄とはいえ、盗賊に対しての調べを行うという本題を完全に投げ捨て、挙句に酒飲みを習得するにしても見当違いな方向に行っていた。

 ティアが用兵術を不得意としていたように、彼はこちらの――一般的な教養の部分が著しく欠けていた。

 ひどく滑稽というのは簡単だが、これはある種の必然である。むしろ、彼を含めた《選ばれし三柱(トリニティア)》の場合、その力によって気付きが遅れる。

 ただ戦い、勝利をもたらすという生き方をしていけば、人間兵器としての力だけを有していれば良い。人間(・・)としての生き方を模索しようとした瞬間、その欠如は致命的になっていく。


「(ガラナは……クソッ、どれだけ薄めても癖が強すぎるッ!)」


 一つのグラスにたっぷりと注がれたオリジナル配合の酒――というよりも、子供のジュース遊びと同じである――を一瞥し、彼は別の組み合わせを試し始めた。


「(柑橘系は相性がいいのか? 少し薄めるだけでも飲める――いや、これは濃すぎたか! クソッ! こんな当てずっぽうの戦いを繰り返せば、無用のグラスを連ねることになる)」


 外は魔物、国々は疑心暗鬼で分裂しているというのに、彼はずいぶんと呑気なことをやっていた。


「(いや……? 匂い、これだッ! 嗅いだ段階であの臭いがしなければ、いける)」


 何かを見い出したらしく、彼はずいぶんと薄めた酒を飲み干すと、失敗作のガラナグラスを――注文したボトルを全て残して席を立った。


「なるほど、勝手は知れた」

「は、はあ……」


 満足げな表情を浮かべたガムラオルスはそう言い残すと、店を立ち去った。

 マスターはというと、残された飲料をどうするか迷い、とりあえずと言わんばかりにボトルキープとした。

 ただ呑みに来ていた盗賊はというと、客観的な愉快さを感じることもできず、ただ唖然としていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ