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盗賊達の憩いの場。冒険者の関与せぬ酒場に、彼は再び足を踏み入れた。
無論、前回の経験が喜ばしいものだった、というものではない。
「(あのような女の風下に立つなど、ごめんだ)」
覚悟を新たにする一方、彼は周囲から向けられる視線をいち早く察知した。
前回はすぐに解除された警戒心だが、今は絡みつく荊のように緩む予兆さえ見せない。
そもそも、あの時に向けられたのは奇異の眼差しであり、警戒心とはほど遠かった。それは彼らがスケープと通じていた、というよりも、彼女が明らかな美人局だと分かっていたからだ。
こうした店は収斂されたかのように、非合法な稼業を行う者が集まりやすい。冒険者という治安維持の人間が絶対にいない――来ない、とも――場所というのは、そういう場所なのだ。
だからこそ、あの場面は見逃された。彼女の身分が明かされるまでもなく、またガムラオルスも潔白な身のままで出入りができた。
一歩、また一歩と進む度に、男達は明らかな威嚇を示した。ある者は分かりやすくナイフを取り出し、またある者は睨みを利かせ、またある者は入り口へと走れるように足を伸ばした。
「(……見せかけの脅し、正面からやり合うつもりもない虚仮威しだ)」
堕落した嗜好には疎い彼だが、こと戦闘に関しては見事なまでに、冷静な判断能力を保っていた。
そう、これは威嚇。盗賊という名、印象とは正反対に、彼らは一般人より多少は腕っ節のある人間にすぎない。
違いは覚悟、そして精神性。殺しを行うことに対する忌避感の薄さなどがあるが、それはこの戦時中において誇れるものではない。
多かれ少なかれ、この戦いに関わってきた人間は人の死を知り、またその安さを実感する。こうした場で燻っている者達以上に、ただの町民などが覚悟を持つのだ。
そして、ガムラオルスはただ死を見つめてきた男ではない。実戦の中で磨き上げ、幻想の怪物と謳われた魔物と命の取り合いをしてきた男だ。
潜ってきた修羅場の数、掠る歯牙で研ぎ澄まされていく感覚、戦士としての質が違う。
彼が恐れることもなく進むと、まるで未来を当ててしまったかのように、虚栄と欺瞞に満ちた安い挑発は鞘に収められた。だが、注意は未だに取り攫われてはいない。
相対することになったマスターは彼の瞳を見つめる。
緑色の眼には、強く鋭い光が――何かを決心したという、覚悟が宿っていた。
「(この目……報復者の目だ)」
下っ端のような、というかつての言を取り消すわけではないが、この男は決して愚者ではなかった。
盗賊という稼業を続け、年を重ねることが如何に難しいか。それも、彼の年齢から見るに、明らかに密約の以前――盗賊狩りが横行していた時代を越えてきた男だ。
弱者であれ、雑魚であれ、うだつの上がらない下っ端であれ、生存するということはすなわち優秀さの証拠である。
比較するほどではないにしろ、その究極系がダーインの持つ《禁魂杯》であることから、長寿による知識の蓄えがどれほど有用であるかは明白であろう。
「あの姉さんに騙されたのかい? ツキがないのは同情するぜ。だが、俺はあの姉さんとは噛んでねぇ」
「何が言いたい」
「恨む相手が違うってことだ」
ガムラオルスは眼光を弱めることもなく、強く握った拳をカウンターに叩きつけた。
この威圧行為には客のみならず、マスターも臨戦態勢を取った。
「……あんたに恨みはない。あの女に騙されたわけでもない」
「な、なら――なら、あんたのその殺気……そいつは何だって言うんだ!」
生存本能によって発達し、主の身を守り続けてきた観察能力が、それを見切った。
ただの若造――それも、安い詐欺に騙されるような男からは想像もできない、圧倒的な殺気。戦う者の気迫。
「俺はここに用がある」




