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窓から差し込む朝日が目に直撃し、ガムラオルスはゆっくりを意識を覚醒させていった。
奇妙な狭さであり、また奇妙な格好ではあったが、彼はそれを気に留めない程度には疲れていた。というよりも、正す間もなく眠りに落ちてしまったのだ。
しばらく微睡みに包まれていた彼も、次第に意識が冴えてきたらしく、ベッドを起き上がった。同席者は相も変わらず夢の中だが、彼は気にしなかった。
「……」
ガムラオルスは後悔していた。
行為に対しての罪悪感も少なからずはあっただろう。しかし、最たるは自身の不甲斐なさにあった。
彼はものを知らず、この世の多くを知らず、人の理さえも知らなかった。必要のないと切り捨てていたからこそ、その問題と衝突することもなかった。
だが、先日のことによって、それは彼の前に立ち塞がることになった。
「あっ、起きてたんだ」
「……」
彼は何も言わず、目を擦っているスケープを見やった。
「気にしているんですか?」
「……何を」
「《放浪の渡り鳥》に悪い、とか?」
「まさか、あいつは俺と何の関係もない」
「へぇ、じゃあ中折れして落ち込んでるの?」
彼女は彼女で、とてもデリカシーに欠けた性格だった。これを挑発目的ではなく、自然とこぼしてしまう辺り配慮のなさが感じられる。
その天性の煽り癖により、ガムラオルスも憤った。尽きかけていた感情が大きな波を描き、彼を勢いづかせた。
裸足の蹴りがベッドに叩き込まれ、スケープは予想以上の震動に驚いたような顔をした。
しかし、それは恐れ足りえず、すぐに彼女は余裕を取り戻した。
「昨日も言ったじゃん、初めてならそんな気にすることでもないって」
「お前の都合に付き合わされたことが気にくわない、それによって俺が失態を露わにさせられたこともな――それだけだ」
「随分多いですねー。それに、乗ってきたのはあなたじゃない?」
場面を辿れば、確かに彼が始めたことである。
だが、当人にとってその光景は既に存在していない。夢現の出来事であるから、というのもあるが、単純に彼が認めたくないということもあるのだろう。
「お前が無関係なことに付き合わせた結果だ」
「はいはい、そういうことでいいですよ。まったく、面倒な人ですネ」
さすがに煽りが過ぎたのか、ガムラオルスは顔を歪ませ、指先を彼女の首に突きつけた。
普通であれば、ちょっとした脅しにしか見えないのだが、彼がそれをすると意味が変わってくる。つまりは、錐を向けているに等しいのだ。
そんな危機的な状況に置かれていることを、彼女は理解していた。その上で、僅かな恐怖さえ見せず、口許を緩めて見せた。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか。なんなら、慣れるまで手伝うよ? 練習相手ってことで」
「口で言っても分からないみたいだな」
「そりゃあなたも同じでしょ? ワタシを殺したら、盗賊との線が切れますよ?」
ガムラオルスさんのメモもあり、彼女は安全は確保されているのだと高を括っていた。
ただ、それは表面上の、政治的な安全に過ぎなかった。もっと安全が、確かなものが欲しいと願った結果、彼女は昨日のような手を打ったのだ。
精神的にも、利害的にも彼女はガムラオルスの上を取ったのだ。もはや、彼は彼女にとって脅威足りえない存在だ。
「虱潰しに動けば良い、お前は不要だ」
「ここにアジトがあると思いますか?」
「――案の定か。以前の言葉から、ここは無関係だと読んでいた。読みが外れたみたいだな」
これは強がりではなく、彼が導き出した答えだった。
スケープ――の裏にいるスタンレー――を信頼していなかった彼は、以前に提示された盗賊アジトの本部がある場所、という含みを入れた言葉に怪しさを覚えていた。
「(ここで接触が図れるのは事実だろう。だが、俺が盗賊とやり合う危険性を考慮しないはずがない――本部は別の場所にある)」
互いに互いを信用していなかったからこそ、この読みは当たっていた。いくら戦力が欲しいスタンレーとしても、無防備に自分の巣を晒すような真似はしなかった。
「ハハーン、いい読みですねェ。で、アテはあるんですか~?」
「……」
「このだだっ広い上、砂以外になーんにもない火の国で、たった一つのアジトを見つけるなんて無理無理」
ただ、スケープも無策ではなかった。
アジトの場所という有益な情報を握っている以上、彼女の身の安全は揺るがない。だからこそ、態度を変える必要はなかった。
常人を遙かに上回る機動力を有するガムラオルスとはいえ、この砂漠の中から本命を探し出すのは不可能だった。
そもそも、本部が集落にあるかどうかも不明なのだ。その上、誤爆の回数が増える毎にボスの警戒心も高まり、潰し損ねる確率も跳ね上がる。
確実に壊滅させる為には、本命に一発目から辿りつかなければならない。それを果たす為には、スケープの生存は必須事項である。
「ま、仲良くやりましょ」
「どうせ協力するつもりもないんだろ?」
「それはあなた次第ですよ。幸い、王様も期限を設けてはいませんし――なんなら、ワタシをオトしてみたらどう?」
ガムラオルスは露出した素肌を覆うように、衣服を纏っていき「冗談じゃない」と呟いた。




