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――光の国、東部戦線、陣地テント内にて。
「……魔物の動きが大人しすぎる」
シナヴァリアはそう言い、記録に目を通した。
近日中に捕捉された魔物はほとんどが羽虫ばかりで、中に混ざるように小型の植物型が発見されているといった具合だ。
藍色どころか、鈍色の個体さえ見られないという状況は非常に珍しく、状況の好転を感じさせた。
しかし、この冷血宰相はそのように考えない。
「宰相は魔物の資料とにらめっこ、ですか」
入ってきたダーインは軽い調子でそう言うが、肝心のシナヴァリアは資料に目を落としたままだ。
「近頃は魔物の動きも奇妙だ。警戒して困ることはあるまい」
「首都の件できたのだが、後回しにするつもりか?」
首都の件、とは他でもなく政の補佐である。前線に出ている者達がこのような議題で語ろうとする辺り、首都の状況は目に見えて悪劣だ。
「そちらはダーインの方で進めてくれ。私は魔物対策に注力する」
「本来であれば、宰相の仕事だと思うのだが」
「それこそ、本来であればタグラム氏の仕事だ」
苛立った演技をしていたダーインは笑いだし、「確かに、あの男がしっかりやっていてくれれば、我々が労する必要もなかったのですが」と口調を戻した。
「用が済んだのであれば、出て行ってくれ」
「あの男を恨んでいる、ということですか?」
「……想定通りの結果でしかない」
その声の遅れは、資料に目を通していたからこそ生まれたものではなく、明らかに迷いを含んだものだった。
彼の言に偽りはなく、自身がタグラムによって現在の地位を追われ、最悪の場合は命さえも奪われることは想定内だった。
しかし、予想できたところで、それが全く気に障らないということはなかった。むしろ、首都が日々荒れていく報告を聞く度、頭を悩ませている。
「ダーインがあの場に残っていれば、全て解決していた」
「もしたらればですか。むしろ、宰相がこうして生存している方が、よっぽど良い状況だと思いますがね」
アルマのわがままを聞いた、という風なダーインだが、実際はあの行動によってシナヴァリアの生存が確定した。
この切迫した状況で有能な駒を減らすことを危惧していた彼は、後付け的な理屈とはいえ、自身の選択に満足していたのだ。
そしてなにより、ダーインは自身や宰相を含め、首都から逃せられたことを良しとしていた。
「(首都で発生した寄生型の件……姫様の報告が正しければ、教会が裏で手引きしているとしか思えない)」
明確な疑いを持っていたのは、更迭された後も首都の動向を窺い、かつアルマから詳細な情報を受け取っていた彼だけだった。
彼からすると、偶然から生まれたこの状況はむしろ優位をもたらしたのだ。
「(索敵の術に教会の人間は引っかかっていない――つまり、向こうは私と宰相が干渉するという展開を見ていないのだ。しっぽを掴むには最適な場所だ)」
知っての通り、教会は光の国にとって最重要の組織だった。
国民の多くが信者である以上、実質的な権限は三派閥内で最高とも言え、善大王でさえ正面切ってやり合えばただでは済まないという規模だ。
いくら怪しいとはいえ、裏も取れていない状況で先制攻撃を仕掛けようものなら、真も虚に変わってしまう。
だからこそ、言い逃れができないほどにまで情報を調べ上げ、民意に背かない形でこれを討ち滅ぼさなければならない。
「魔物の動向で何かがあれば、私にご相談を」
「……分かっている」
机と向かい合ったままの元宰相を残し、ダーインはテントを出た。




