5v
「慣れたものだな」
「そりゃまぁ、こういう場所にくるのも少なくないからね」
酔いが回り出したガムラオルスは何かを感じるでもなく、とろんとした目で周囲の様子を窺った。
「じゃ、そろそろ宿にでも行く?」
「……そうだな」
気が良くなっているというわけでもなく、彼は単純に眠気を覚えていた。
その上、酩酊感が判断能力を奪い、この場に導かれた理由にさえ触れなかった。
介抱を必要とするだろうと読んだスケープだが、彼は支えようとした彼女の手を押しのけ、被りを振った。
「不要だ」
「はいはい――ごちそうさま」
彼女は銀貨数枚を机に投げると、千鳥足気味な彼の背を追った。
とはいえ、この金は彼女のものではなく、咄嗟にガムラオルスの懐から抜き出したものだった。
そんな手際の良さを見て、マスターは確信に至った。
彼女が盗賊稼業に手を染めていることを、そして女性であるからして、男を惑わし慣れていることも明らかであった。
良くも悪くも、ガムラオルスは既に彼女の園庭に足を踏み入れており、そうなった以上は恐れる者ではなくなっていた。
面白いのが、主導権の奪取が無計画に行われたことだった。彼女は正体不明の安心感を抱いたガムラオルスさんと、今目の前に居る彼が別人だと分かった瞬間に、手玉に取っても構わないと判断したのだ。
いくら彼女が指示待ち――どころか、自分の意思さえない――人間だとしても、真の主の身を危機に陥らせることが問題であることは分かったようだ。
両者は未だに連絡を取れていないが、それでも彼女は自分で作り出した籠絡の流れに乗り、その確定した道のりに安堵しきっていた。
こうしたやり口は慣れたものであるらしく、彼女は宿屋に到着するや否や、半日ほどの宿泊という形で要求を通した。
この頃になると彼の酔いは抜ける――ということもなく、疲れも合わさって介抱されるような形となった。
部屋に運ばれた後、ガムラオルスはベッドに寝かされ、スケープは窓際に立って彼の様子を確認した。
「本当に初めてだったんだ」
「……」
「ならジュースとか水で薄めるとか、そういうやり方を覚えておいた方が良いよ。そんな吐きそうなくらいになるならさ」
格好を付けていた当時、彼は増長具合に見合うように、酒を口にしたことがあった。
ただ、どうにもそれだけは慣れず、単純な味覚の相違ということで封印されていたのだ。
あの場では彼女にマウントを取られることを恐れ、度胸を示して見せたのだが――結果は好ましいものではなかった。
「あの店に行った理由はなんだ?」
明らかに体調が悪そうだが、彼は揺らぐ視界の中に彼女を捉え、問う。
ただ、他人から見るとその姿は滑稽であり、彼の頭はゆらゆらと揺れていた。
「とりあえず、水でも飲まない? そんな具合じゃ話せないよね」
「……吐けというのか?」
「気持ち悪いんでしょ?」
彼は渋々従い、スケープの手助けを受けながらも嘔吐を繰り返した。そうこうする内に酔いは飛び、咽頭部の焼け付くような感触を残し、万全の体勢に近づいた。
「とりあえず、処分が終わったら話しましょ」
「逃げるつもりか?」
「まさか」
桶に溜められた吐瀉物を捨てに、彼女は部屋を後にした。
普段のガムラオルスであれば、まず間違いなくこれを見逃さなかったが、少なからず心変わりがあったようだ。
そんな彼の信頼に応えるように、彼女も戻ってきた。
「なんで行ったか、だっけ?」
「ああ」
「顔見せをする為かな」
「……どういうことだ?」
「あなたの顔をみんなに知ってもらおうと、あの場を用意したんだよ」
「だから、何故だ」
「あなたを盗賊にする為」
意識が若干冴えていないこともあり、彼はこの言葉の意味がよく分からず、頭を抱えた。
「あの人は、あなたが風の大山脈を追われるんじゃないかって言ってたの。だから、そうなった時に盗賊ギルドで引き取るっていう意味で、この場所を教えたって流れだね」
「……俺は入るつもりがない」
「火の国に恩を感じる必要があるかな?」
「恩ではない。俺の考えだ」
「たぶん、あなたは火の国でもうまくいかないよ。火の国だけじゃない、水の国だって、雷の国だって、光の国だって、天の国だって、闇の国だってそう」
省略もせず、いちいち言い切る言い方は彼の気に触れたが、その安易な怒りを隆起させない程度に彼女は真剣な表情を見せていた。
「あなたは誰にも受け入れられない。ワタシも誰にも受け入れてもらえない。だって、ワタシ達はそういうイキモノだから。ワタシ達は人間みたいな顔をして、同じような構造を持って、五体満足で障害もなにもないけど、人間とは全然違うイキモノだから」




